私たちの最終ステージ


今いる所が本当にあなたの最終ステージですか?


[br num=”1″] はじめまして。
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いきなりうっとおしい質問してくるな、という感じなんですが、
[br num=”1″] 私はまさに面倒なことをどんどん掘り下げようとしているので、あえていきなりトップギアで入らせていただいとります。
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仕事や学校、地域のコミュニティは様々でありあなたも何らかの所属があると思います。
[br num=”1″] そして、生きてきた中でその所属は移り変わってきたと思います。
[br num=”1″] で、もしそれが今後一生続いて行くとしたら、それでも耐えられますか?
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生涯ここにいるなんて絶対に無理やん・・・

[br num=”1″] 就職し、結婚して、子供が出来、一生続いて行くであろう責任の中、ゲロ吐きそうになりながら脱出しようとしては引き戻されを繰り返してきた私だからこそ、
[br num=”1″] 『責任得た後の新たなステージがあるよ』『むしろここからが本番よ』
[br num=”1″] ということを伝え、あなたと一緒に考えていきたい、という想いからこのブログを立ち上げました。

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あれ、なんか違うぞ??

[br num=”1″] 学生時代、元々熱し易く冷めやすいたちの私はやれサッカーを始めてはやめ、
[br num=”1″] 野球をやってみては嫌になり、
[br num=”1″] といった具合にピアノやら書道やら卓球やら、かじりまくっては捨てまくる、
[br num=”1″] スイカの甘いとこだけかじっていく長嶋茂雄みたいなことをしていました。
[br num=”1″] 学校についてはやめるわけにもいかないし、
[br num=”1″] 数年で進級できて、一年でクラスも変わるということを命綱としながらなんとか耐え忍んでいました。
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そうして、とうとう就職のときがやってきました。
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もちろん御多分にもれず、私も就活というものをやり、薄っぺらい自己分析なんかをやりながら就職に至ったわけです。

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しかし、

[br num=”1″] 「なんか違う、これはヤバイ。」
[br num=”1″] という人生終わった感が毎日痛烈に私にのしかかってきたわけです。
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そんな中、自分の周囲にいる人たちはそれを当たり前のように受け入れていました。
[br num=”1″] 少なくとも私にはそう見えたのです。
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妙に頭でっかちで、分かったふりをしがちな私は
[br num=”1″] 「石の上にも三年」
[br num=”1″] とか、
[br num=”1″] 「仕事の苦労の上に成長がある」
[br num=”1″] とか、
[br num=”1″] 「継続は力なり」

[br num=”1″] とか、そんな言葉を探し出し信じていました。
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そりゃ仕事やってれば成長もしますし、何年かやってるうちに見えてきますよね。
[br num=”1″] 「その仕事、生活をし続けるための」成長が。
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そうやって自分の尖っている何かを踏み慣らしながら死にものぐるいで毎日働きました。
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でもふとある時、気付きました。

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いやいやいやいや、ちゃうがな!!

「最終ステージなんか、ないがな!!」

[br num=”1″] ・この仕事が、この土地が、自分が流れ着いた終点なんだ、という錯覚。
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・大多数の人が、その錯覚をしていき、そこにいつかなければ成り立たない社会。

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・その錯覚ゆえに、無駄に脱出したいともがき苦しみ失っていく正常な思考。

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・流動性を失った組織、土地の停滞。いじめや他人の足を引っ張るだけの生産性の欠如。

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私もほぼほぼ正気を失いかけていましたが、ある出会いが私のその既成概念を打ち砕きました。
[br num=”1″]そして、あらゆる文化に興味を持ち足を踏み入れ続け、自分のあり方をストイックに突き詰め続けてきた私だからこそ己の最終ステージをぶち壊そうという貴方の背中を押せる。
[br num=”1″] 同じことを感じて今も悩み続けている仲間たちがいます。

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このブログに死にそうな思いで辿り着いた貴方の、

自分の最終ステージと思っていたものを始まりのステージに変える瞬間

に立ち会えればいいなと願ってやみません。