書き換えるか、書き換えられるか


どうも、寒すぎてヤバイですね。
進撃の巨人の巨人を科学していたのを見たんですけど、身体が大きくなればなるほど
身長に対する体積は大きくなります。
1mの高さ
の立方体の表面積は
1㎡ × 6面 = 6㎡。
2mの高さ
の立方体の表面積は
4㎡ × 6面 = 24㎡
身長が倍になると体の表面から奪われる熱は4倍になるということです。
そして体積は8倍。
つまり、体温の維持にものすごい熱量が必要となるわけです。
氷河期に体のデカイ生物はほぼ絶滅したことの一因ではないかと考えられています。
私たち大人は子供に比べてそんなハンデをしょっています。
だから、寒がりでも仕方ないんです。
少し冒頭が長くなってしまいましたがもっともらしい捉え方が他の理屈や学説や意見や何やらで書き換えられることはよくあります。
これがいわゆる合理的、論理的に行われるのかというと必ずしもそうではない。
結論から言えば、その説を、考えを、どちらの方が信じているか次第なんです。
なぜそんなことが起こるのか。
合理性、論理性というものが「前提の上に成り立っているからなんです。
ある真理は、ある範囲、ステージでは真理であり、その範囲やステージを移せば真理でなくなる。
人はそれぞれ、信念というものを自分のステージで抱いておりもっともらしい理屈を各々のステージ内に引っ張り込んで戦わせるわけです。
だから、信じるべきはその信念の正しさではありません。なぜならどちらにとっても、自分のいるステージ上ではもちろん言うまでもなく正しいからです。
では何を信じるべきか。
簡単です。
「貴方と、相手が自分のステージに立った方が双方にとってよいことだ」
と信じるんです。
相手の信念を書き換えるとはそういうことです。
話し合いとは、ステージ同士を戦わせながらも最終的には
「こっちに来いよ」
という熱い想いのぶつけ合いなのです。
これは相手に勝ちたいというパラダイムでは当然なし得ません。
“相手を救いたい”
という強い気持ちが相手を変えるのです。
さて、貴方が仕事を辞めたいといって誰かに説得された時どうでしたか?
相手には貴方を救いたい想いがあったでしょう?
そして貴方はその人たちを置いて行こうとした。
違いますか?
私がそうだったから、分かるんです。
俺はこのラットレース、のしかかってくる重圧から解放される。
あんたたちはせいぜい頑張るがいいさ。
そんな気持ちでした。
理解されるわけないじゃないですか。
向こうはこっちのステージに立ちたいとすら思ってないのに、
貴方は相手のことを想ってない。

これじゃあ何も変わらないんです。
そういった考え方、相手とのステージの重ね方や、ステージの俯瞰については今後の記事でお話ししていきたいと思います。
読んでいただきまして、ありがとうございました。

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