「発達障がい」なのに

仲間外れにされない人がしていること

 

どうもはじめまして。NEIと申します。

 

いきなりですけど、

 

自分は「障がい」があるからみんなから嫌われてる

 

 

 

って思っていませんか?

 

「障がい」があると診断されてしまった・・・。

もう人生お先真っ暗だ・・・。

生きるのに疲れた・・・。

 

 

でも、ちょっと待ってください。

 

 

あなたがこれまで生きてきた中で、こんな人を見ませんでしたか?

 

 「障がい者」なのに好かれていて、いつも周りに人が集まっている

 「障がい者」なのにテレビに出ていて、イジられて周りに笑いをおこしている

 「障がい者」なのに周りに対する思いやりがハンパない

 「障がい者」なのにいつも自分のやりたいことを楽しそうにやっている

 「障がい者」なのに前向きでかがやいている

 「障がい者」なのにいつも笑っていて周りに勇気を与えている

 

一つくらいは心当たりがあるんじゃないでしょうか。

 

どうして障がいがあるのに人に好かれるんだろう??

 

って思いませんか?

 

私は、

 

・親と口論になって暴力を振るわれたり、

・親が家事・育児を放棄していたり、

・親が片づけられなくてゴミ屋敷になってしまった家に住んでいたり、

生まれつきの育てにくさを持った子たちであったり、

家庭内暴力や、クラスでかんしゃく、パニックを起こしてしまったり、

勉強についていけず親と喧嘩になってしまったり、

学校でなじめず不登校・ひきこもりになってしまったり・・・

 

 

そんな子供たちを一時的に預かる、「一時保護所」というところで

 

のべ2000人を超える子供たちのお世話をしてきました。

 

その中で、子供たちが、何百個とコミュニティを作っては消えていく様を見守ってきました。

 

そして、

その子供たちの半分か、それ以上が、

 

・知的にボーダー以下

 

であったり、

 

発達障がい

 

をもっていました。

 

 

そんな「障がい」をもった子の中にも

 

子供にも、大人にも好かれる子がたしかに存在したんですよ。

 

 

そして私は気づいたんですね。

 

 

「障がい」があってもなくても、人に好かれる条件がある

 

んだと。

 

この好かれるための条件っていうのは、

 

・学校のクラスでも、部活でも、

・大学のサークルでも、ゼミでも、

・習い事の仲間内でも、

・アルバイト先でも、

・職場でも、

・ママ友やPTAの役員の中でも、

・合コンや街コンでも・・・

 

どんなコミュニティにあなたが属していたとしても、

 

どこででも共通するもの、通用するものです。

 

なぜなら、どんなコミュニティも、それを構成しているのは人であり、

 

この好かれる条件、というのが

 

「人とのコミュニケーション」に対する根本的な態度

 

にあるから、なんですね。

 

 

その条件っていうのが、いったいなんなのか?

 

それを今からできるだけわかりやすく伝えたいと思い、

私はこのページを作ったわけです。

 

 

 

苦手でも、人とコミュニケーションを取りたい!

 

 

「障がい」があってもなくても、人に好かれる条件。

 

 

「そんなもんあるわけない・・・」

 

「そんなもんあったら苦労せんわ」

 

「あっても自分にはできないにきまってる」

 

 

そう思うのも、仕方ないと思う部分もあるんです。

 

なにしろ、「発達障がい」というのは

 

・コミュニケーションの障がい

 

であり、さらに、

 

・社会性の障がい

 

であると言われているからです。

 

そんな根本的なコミュニケーション、社会性が

健常者・定型発達の人より劣っている自分が「人に好かれる」わけがない・・・

 

 

そりゃそうなりますよね。

 

・「コミュニケーションを取ること」ができなければ人とかかわることすらできないし、

・さらに、「社会性がない」と言われた日にはもうひきこもるしかないわけです。

 

 

でも、

 

 

私はある信念をもっているんです。

 

 

 

その信念というのは、

 

 

発達障がいでも、人とコミュニケーションを取りたい。

 

 

っていうことなんです。

 

こんなことを言うのも、

 

2,000人もの子供たちや、大人の発達障がいをもった人たちと関わり続けてきて

 

彼らがどれだけ、私や周りの子供・大人たちに好かれたくてアクションを起こしていたのか

 

それをこの目で見てきたからです。

 

そしてその気持ちを、

 

「人に好かれたい」というだけの純粋で、素朴な気持ちを、

 

なぜ、

 

「発達障がい」であるということだけで、否定されなければならないのか?

 

とものすごく悲しく、寂しく思ってきたからなんです。

 

開き直るばかりで、どんどん人が離れていく・・・

 

 

とまあこんなことを言っている私自身、

 

 

自分が「もしかして発達障がいなんじゃないか??」

 

 

と思うことが多々あったんですね。

 

というのも、いわゆるADHD障害特性といわれるようなところが自分にもたくさんあったわけです。

 

 

お金を無駄遣いしてしまう浪費癖がある

彼女や、妻に依存してしまう

ギャンブルやタバコに依存してしまう

・とにかくすぐになんでも飽きる

・じっと座っていられずモゾモゾしてしまう

・ひとつのことに集中できず気が散って中断してしまう

ケアレスミスがやたら多い

同じ失敗を繰り返してしまう

人に対して興味がもてない

人ごみに行くと挙動不審になってしまう

・仕事がたくさんあるとどれから手をつけていいか分からなくなる

人の話を聞いてるようで全然聞けてない

相手の気持ちを無視して言いたいことを言ってしまう

友達が離れていってしまう

・興味があることには過集中してしまい時間を忘れてしまう

・朝の身支度にめちゃくちゃ時間がかかってしまう

・相手のことを「こういう人だ」と決めつけてしまう

計画を立てたりするのが苦手行き当たりばったり

 

挙げだすとキリがないですけど、とにかく悩ましかったです。

 

とくに友達ができなかったり、人に興味がもてないっていう部分には死ぬほど悩んできました。

 

なぜかと言うと、

 

私はさみしがり屋で、人に好かれたくてたまらなかった

 

からです。

 

なのに友達はどんどん離れていくし、彼女にも依存しすぎてフラれるわけです。

 

「もうなんなんや俺は・・生きてる価値あんのか??」

 

とまで一時期は凹みに凹みたおしていました。

 

就職しても、みんなが簡単にやってのけるところでものすごく躓くわけです。

 

いっぱいやることがあると、どれからやろうか迷ってる間に時間だけがどんどん過ぎていくんです。

 

いろいろ本を読んだり、ネットで情報を漁って、工夫してみたりしました。

 

なんとかかんとかできるようになっても

 

「なんで俺だけこんなに努力せなあかんねん・・・」

「みんなは簡単にやってのけるのに・・・」

 

そんな風に思っていました。

 

彼女ができたときも、

 

・自分だけが一方的に甘えたり

・言いたいことを相手がどう受け取るかロクに考えもせず言ってしまったり

・あるとき急激に気持ちが冷めてしまったりして、

 

本当は心から大切にしたいし、ずっと一緒にいたい、守ってやりたいと思っているのに

 

結局フラれてしまう。

 

 

 

そんな私も4年前、授かり婚・・・いわゆる「できちゃった結婚」をしたんですね。

 

今思えば、それ自体、「衝動的」だったのかもしれません。

 

子供が生まれてしばらくの間は良好に家庭を続けていたんですが、

 

子供が大きくなってくるにつれて、

 

・子供の面倒を見続けるのが苦痛でしょうがなかったり、

・もらったお小遣いをすぐにすべて使ってしまったり

・妻の気持ちを考えず、子供の育て方に口出ししてしまったり、

・家に帰るのがしんどくて寄り道ばかりしてしまったり・・・

 

 

そんなことが原因でいつもケンカばかりして、

ケンカしても自分から折れることができず、どんどんとお互いの仲は悪化していきました。

 

そうこうしているうちにセックスレスになり、もう3年が経とうとしています。

 

そうすると不思議なことに、

心がどんどんと家庭から離れていってしまうんですね。

 

 

ここまで読んで、

 

「なかなか終わってるな」

と思うのと、

 

「私の方が終わってるわ!」

 

っていう気持ちが半々かなって思うんですけど、

 

私なりに、

「欲しいモノ」と、「自分の特性」がチグハグなことに悩んできたというのを伝えたかったんです。

 

つまり、

 

人に好かれたい、一緒にいたい。周りに人が集まる人になりたい。

 

という自分の望み

 

人に興味がない、人の気持ちを考えられない、人が離れていってしまう

 

という自分の特性

 

チグハグだったということです。

 

とまあ、そんな、

「自分の望みと自分の特性のズレ」であったり、

「自分と周りの人たちとのズレ」っていうのに悩み続けた、

 

そんなもどかしい人生を送ってきた私なわけですが、

 

だからこそ言いたいわけです。

 

なんで人とのコミュニケーションが苦手やからって、

 

・「人に好かれたい。チヤホヤされたい」

・「人と楽しく一緒にいたい」

・「大切な人を守ってやりたい」

 

っていう自分の気持ちを、望みを、願いを・・・

 

否定されなあかんねん!!

 

と。

 

「人を想う気持ちは持ち続けていいんだよ」

 

 

それを今の「発達障がい」の権威というような専門家は誰も言わないんです。

 

だからこそ、今ここで、私はその気持ちを肯定したい。

 

あなたが人に好かれたいこと、大切な人を守り続けたいということ、

好きな人と一緒にいたいということ。

 

その気持ちはまちがってなんかいない。

 

 

 

その気持ちを否定して、生きられるハズがないんです。

 

想いや願い、望みを否定されるということは、

 

自分という存在を否定されている

 

ということなんです。

 

たくさんの発達障がいをもった人たちを見てきて、

そして、

自分自身が悩み続けてきて、

 

私はそう確信したわけです。

 

でも、そう思ったからといって、現実は残酷です。

 

・人に好かれようと周りの人にちかづいていっては、

出来たことを自慢ばかりして嫌われる子供たち。

 

・人の誕生日や身長やスリーサイズを聞きまくって、煙たがられる利用者さんたち。

 

・同じミスばかりしては言い訳ばかりして、役立たず呼ばわりされる就労した人たち。

 

・やりたくないことが続かず、集中できず、怠け者呼ばわりされる人たち。

 

・同じ服にこだわって着続けて、においがキツ過ぎて物理的に距離を取られる人たち。

 

・友達や妻、彼女とすれ違っては「俺はそういう奴なんや!」と開き直って余計に嫌われていく自分。

 

 

どんなに人を好きだろうが、人に好かれたかろうが、人を大切にしたかろうが、

 

そういった現実が、目の前に横たわっているわけです。

 

 

そして仕事は続かず、不登校になり、ひきこもりになり、家族に責められ、友達は離れていく・・・

 

まさに八方ふさがりなわけです。

 

 

障がいをもった人の中に、好かれている人がいる

 

 

そんな現実を目の当たりにして、絶望に打ちひしがれながらも

私は器用ではあったので苦しいながらもなんとか仕事を続けていました。

 

そして、

 

ずっと子供たちや、発達障がいや知的障がいを持った人たちのサポートを

していく中であることに気づいたわけです。

 

 

「障がいがあるのに、なんか好かれてる人がいるよな・・」

 

と。

 

もっと詳しく言うと、

 

”自分”が周りと思いっきりズレているのに、

なぜか周りに人が集まってきて、いろんな人に助けてもらっている」

 

そんな人や子供がいることに気づいたんです。

 

そうなんです。

 

「障がいや、生きにくさを抱えてるのに、周りを笑顔にできる」

 

そんなことがあるのか・・・?って本当に驚きました。

 

そして私は直感的に、

 

この謎の現象にこそ、

 

生きる上でのものすごく重要なヒントが隠されているんじゃないか・・・?

 

と思ったわけです。

 

 

そして彼らをひたすら観察し、

 

違いと共通点を探し続けたんです。

 

そうやっていく内に、

 

人に好かれ、周りに人が集まる人のなかに、

 

ある共通点が浮かびあがってきました。

 

 

 

欠点を「あるあるネタ」のように笑い飛ばす

 

その「共通点」こそ、この長ったらしいページで伝えたかった唯一のこと

 

彼らはみんな、欠点をネタにして笑いに変えていたんです。

 

 

 「俺絶対遅刻するから、予定時刻の5時間後に来てくれたらいいよ(笑)」

 「ちょっとUSJに「俺のゴミ屋敷」っていうアトラクション作ってもらえるよう頼んでくるわ!」

 「こないだ買ったシャツ首の後ろのタグ気になりすぎて、襟まるごと切り取ったわ(笑)」

 「前買ったの忘れてて、このマンガ今4冊家にあるねん(笑)」

 「こだわり強すぎて、俺まだ牛乳瓶のフタ集めてるから(笑)」

 「グリンピース一個のってたから、ピラフまるごと捨てた」

 

 

別に関西弁おもろいやろ、って言いたいわけじゃないですよw

 

 

これら全部に共通するのは

 

「自分をありのままで受け入れて、笑いに変えている」

 

ということなんです。

 

これ読んで気になったと思うんですけど

 

「全員にそんな芸人みたいな笑いのスキルあるわけないでしょ・・・」

 

っていう反論ありますよね?

 

それはその通りです。

 

言葉で笑かすっていうのは結構熟練したスキルが要るんですよね。

 

でも、

 

なにも自分で笑わせることだけが、笑いを起こす方法ではない

 

ですよね?

 

・いじられキャラ

 

っているじゃないですか。

 

芸人で言えば、

 

出川哲郎とか、

 

ダチョウ倶楽部の竜ちゃんとか、

 

山崎方正とか。

 

この人たちって決して喋りがおもろいわけじゃないですよね。

 

もちろん、私よりはおもろいでしょうけどw

 

でも、芸人の中で言うと「喋りで笑わせるタイプ」ではないですよね。

 

つまり、彼らは誰かにイジられて笑いを起こすわけです。

 

要するに、

 

人が集まってきていた人たちっていうのは

 

たとえ自分では笑わせずとも、

 

周りに笑われて場を和ませる

 

ことが出来ていたんです。

 

これって簡単なようで難しいんですよ。

 

誰にでもプライドってあると思うんです。

 

誰だって、自分の欠点やコンプレックスを笑われたら

 

ムッとしたり、凹んだりするわけです。

 

でも、周りに人が集まる人たちっていうのは

 

そのムッとしたり、凹んだりするところを飛び越えて、

その場の笑いを引き出しているんです。

 

 

「ああ、このやり方ならレベルの高い喋りや笑いのスキルがなくてもイケるな」

 

と思いませんか?

 

でも、

 

・喋って笑わせるのにも、

 

・イジられて笑いを起こすのにも、

 

両方にある心構えが必要なんです。

 

 

 

こんな自分にも価値があるんだ!

 

その心構えというのが、2つあるんです。

 

 

 

それが、

 

・自分をありのままに受け入れている

 

ということと、

 

・自分の役割や価値が何なのか分かっている

 

ということです。

 

 

 

ほんとに長い間、子供たちや利用者さんを観察し、

 

・その中から自分なりに仮説を立て、

 

・そういうことを教えている人に師事して、

 

・自分でも何度も何度も試して、

 

・ちがったらまた新たな仮説を立てて・・・

 

そういったことを繰り返して、

 

やっとこの2つにたどり着いたんです。

 

 

そして、この2つを備えている人というのが、

 

「障がい」があろうと、なかろうと

 

「周りにいつも人がいる」

 

そういう人であると分かったんです。

 

それだけではなく、この2つの心構えをしている人というのは

 

すべてにおいて魅力的なんです。

 

 障がいを神から与えられたギフトのように捉えている

 人のためにいつも自分が何かできないか考えている

 精力的に自分のすべきことに全力を尽くしている

 彼女や両親、配偶者や子どもを大切にしている

 いつも新たな出会いに恵まれている

 たくさんの人に応援されている

 いろんな分野に関する知識を深め、社会の情勢にくわしい

 思いもよらない発想力で、状況を打開できる

 1分1秒たりとも無駄にせず時間を有効に使っている

 たたずまいが洗練されていてオーラがみなぎっている

 周りの人たちをいつも笑顔にしている

 いつも無邪気で、楽しそうに生きている

 女性や子ども、高齢者にも頼られ尊敬されている

 世間体や常識にとらわれず、目の前の相手を理解する努力をしている

 誰にでも「愛」をもち、不断の努力で「徳」を積んでいる

 周りや、広い範囲で”良い循環”を起こしている

 

挙げだすと本当にきりがないんですが、

 

私は、

 

こういう人格者というか、偉大な人っていうのは

 

「生まれつきそうなる運命を背負って生まれてきたんだ」

 

「自分には無縁であり、はるか遠い存在だ」

 

そんな風に思っていたんです。

 

でもこの2つの心構えを知ってから私の考えは変わりました。

 

人が集まってくる人になる上で、

 

「生まれたときのステータスは関係がない」

 

のだと。

 

彼ら・彼女らはただ、

 

自分が生まれもったステータスと真摯に向き合い、

 

それを受け入れ、人のために役立てようとする人たち

 

だったのだと。

 

 

 

 

今こそ特性を笑いに変えて

周りに人が集まってくる人になろう!

 

 

私はこの2つをどう実現していくのかについてのメルマガを作ることにしました。

 

「えっ?メルマガ?!今ここで教えてくれよ・・・!」

 

と思うかもしれません。

 

でも「メルマガ」という形にせざるを得なかったんです。

 

あえて「メルマガ」という方法を選んだ理由は2つあります。

 

一つは、

 

・人が変わるためには、ある程度の期間が要る

 

という理由。

 

そしてもう一つが、

 

・必要でない人に情報が届いてしまわないようにする

 

ためです。

 

一つずつ説明しますが、

 

まず一つ目の理由。

 

「人が変わるためにはある程度の期間が要る」

 

ということについてですが、

 

ブログやこの手紙内ですべてを伝えてしまうと、

 

読んだときは「おお!なるほど!!」と思っていても、

 

1週間、2週間と経つうちにその感動や情熱は自然と消えていきます。

 

そして、いつものように日常という現実の中へ戻っていってしまう。

 

この原因としてはホメオスタシス(恒常性維持機能)が大きいんですが、

 

・ダイエットでリバウンドする

 

っていうのも、

 

ホメオスタシスによるものです。

 

このホメオスタシスを攻略し、自分を生まれ変わらせるためには

 

「定期的」に情報を受け取る必要がある

 

わけです。

それについて論じはじめるとものすごい情報量になってしまうので

あえてここでは語りませんけど、

 

メルマガという媒体は、この「定期的」に受け取れるという点において

 

非常にマッチしているということです。

 

次に、

 

「必要でない人に情報が届いてしまわないようにする」

 

という理由ですね。

 

まず、人はみんながみんな変わりたいと思っているわけではないんです。

 

・「苦しくてしんどいけど、なんとなしにそんな自分が落ち着く」

 

という人が非常に多いんです。

 

そういう人たちに対して、私の想いや情報っていうのが届いてしまうとどうなるか。

 

ただただ感情や今の生活をかき乱してしまうんです。

 

その人たちにとってはメリットになるどころか、デメリットになってしまう

 

それくらい大きなインパクトを与えてしまう情報なんです。

 

だから、こんなにも長いお手紙のようなページを作成させてもらったんです。

 

今ここまで読んでくれてるわけだから、

そういう人は相当に自分を変える覚悟があるっていうことです。

 

自分を変えるということは生半可な気持ちで成し遂げられることではない。

 

何かを代わりに失うかもしれません。

 

それは、

 

・今まで毎日聞いていた音楽かもしれないし、

・今まで毎日やっていたゲームかもしれないし、

・今まで一緒にいた友達かもしれない。

・今まで一緒にいた家族かもしれないし、

・今まで感じられていた喜びかもしれない。

 

そして、それは、

 

・今まで一緒にいた自分かもしれません。

 

 

そういったものたちとサヨナラをする覚悟が必要なんです。

 

 

 

 

 

 

 

でも、どうですか。

 

今までのあなたの人生は不遇の連続ではなかったですか?

 

欲しいモノも手に入らず、

一緒にいたい人は離れていき、

いたい場所にもいられなかった。

 

失礼を承知の上で言わせてもらいますけど、

 

もう失うものなんて何もないと思うんです。

 

 

 

このメルマガでは本当にたくさんのことをお伝えしようと思っています。

 

 

 人が集まってくる人が、人と仲良くなる前に無意識に確認していること

 思ったような人間になるために、変えなければならないもの

 好かれていたはずの人から人が離れていく理由

 自分の価値や向き不向きを知るための簡単なワーク

 なぜ考えられないくらい偉大な功績を一人の人間が成し遂げられているのか

 ほぼすべての人が意識できていないコミュニケーションを始める前に意識すべき最初のステップについて

 不遇に生きてきた人にこそ、今すぐ始めて欲しいこと

 「話すことがない」状態をクリアするために意識すべきたった一つのこと

 人を笑わせるためのトークパターンと法則について

 発想力があり、知恵が湧きだす人のやっている習慣について

 海を漂う木片のようにならず、情報洪水の中を泳ぎきるための方法について

 

すべて無料で、定期的にメールを送信させてもらいます。

 

読んでも読まなくてもかまいませんし、

 

エッセンス的に気になったメールだけ開封してもらってもよいです。

 

それだけでもかなりの効果が得られるように作っています。

 

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最後に伝えたいこと

 

私は、もともと社会の枠からはみ出し、のけものにされるような人たちが大好きでした。

 

なぜこんなに面白く世の中を捉え、思いもよらないような新しい視点を与えてくれる人たちを

 

大多数の人たちは認めないんだろうか?

 

小さいころからそんな風に思っていました。

 

そして大人になり、社会人になってみてこう思うようになったんです。

 

 

「社会からはみ出してしまうような人たちがリーダーになれば、

世界はもっと良い方向に進んでいくだろう」

 

と。

 

なぜなら、こういう人たちはみんな、

 

とことん「コミュニケーション」という点で悩んでいたんです。

 

「コミュニケーション」というのは健常者であれ定型発達の人であれ、

障がいをもっている人であれ、

 

すべての人がもっとも関心があることのひとつであり、

 

人が人として生きていく上で絶対に外せないものです。

 

 

この「コミュニケーション」というものについて死ぬほど悩み、克服できた人というのは

 

障がいの有無なんかに関わらず、すべての人に必要とされる存在になりうる

 

わけです。

 

でも、

 

私はそれと同時に感じていたんです。

 

「大人になった彼らはもう社会に対して疲れきってしまっている」

 

と。

 

 

躁鬱やパニック障害、統合失調症といった

 

二次障害、合併症を抱えて、

 

絶望に打ちひしがれ、立ち直れないほどになっているんです。

 

 

 

最初の方で伝えたように、私は一時保護所というところに勤めていました。

 

そこでは私が子どもの頃と同じように、

 

はみ出し、のけものにされている子どもたちがいました。

 

そこで私は確信したんですね。

 

「俺はこの子たちをこそ守ってやりたいんだ」と。

 

彼らは、みんなとても美しい考え方をし

純粋で、素朴で、

とにかく魅力あふれる子たちだったんです。

 

その、今はみ出し、のけものにされつつある子どもたちが

 

大人になったときに輝けるような世界を作っておいてやりたい。

 

私は心からそう思いました。

 

それがひいてはこの世界のためになるんだと、

 

私はそう思っています。

 

今まさに、同じように社会に苦しんだ人たちが立ち上がろうとしています。

 

そしてそのための環境が、

インターネットやスマホの普及により整いつつあるんです。

 

遠く離れながらも、同じ思いを抱えた人たちが集まり、

その思いや考えを発信する場が整いつつあるんです。

 

 

「子どもたちが自分を責めず、ありのままの自分で全力で生きられる世界」

 

それを実現するためには、

 

今、

 

一風変わった特徴をもち、社会にのけものにされている大人たちが、

生き生きと生きて見せる必要がある。

 

 

そう思うんです。

 

さっき上でも言ったと思いますが、

 

あなたはずっと不遇を感じてきましたよね。

 

 

でも、だからこそ、

 

「同じように不遇になるであろう子どもたちに、居場所を作ってやりたい」

 

そうは思いませんか?

 

私はこの活動を通じて、

 

そんな夢を一緒に見られる仲間を見つけたいと思っています。

 

 

今この時から前を向いて、一緒に歩いていきませんか?

 

 

 

 

あなたとお話しできることを楽しみにしています。

 

 

NEI