ブログの理念とNEIのストーリー

 

あなたは自分が普通だと胸を張って言えますか?

 

 

はじめましてNEIと申します。

このブログに興味を持って頂き、

ありがとうございます。

 

 

いきなり、ぶしつけですが、

ある質問をさせてもらいたいんです。

 

「あなたは自分が普通だと思いますか?」

 

さて、

答えをお聴きする前に、

私自身の話を少々させて頂きたいんです。

 

「頭にミサイルが直撃して消えられたら一番楽だよね」

 

私は小学生時代と中学生時代で

 

天と地ほどの差がある人格

 

を持っていました。

 

小学校時代は

「サンタさんはほんまにおる!!」

と小学6年生まで本気で信じているくらい、

ピュアな子どもでした。

 

お恥ずかしい話ですが、

 

「サンタさんという超自然的存在が

 実在するのだから幽霊もいる!」

 

というワケのわからない持論を

展開するくらい、

変わった子どもではありました。

 

でも、

 

・地域の野球部に参加していたり

・宿題は遊びに行く前に全部終わらせていたり

・夜は10時にはもう寝ていたり

 

すごくスポーティーで、

勤勉で、マジメ。

なおかつピュアという、

なんとも可愛らしい子どもだったんです。

 

それがいつの間にやら

捻くれ度マックス

の中学生に変貌していたのだから、

人生というのはよくわかりません。

 

中3のときの友達とよく、

 

「頭にミサイルが直撃して一瞬で消えるのが一番幸せなんじゃないか」

 

なんていう話をしておりました。

なんでそんなことになってしまったのか、

読み進めて頂くとわかると思います。

 

 

刺激的なことにしか興味が持てない

 

 

中学のとき、私はあるモノに出会います。

まあ私の世代(1985生まれ)ならよくご存じかと思いますが、

私が小学生のときにあるモノが発売されたんです。

それが、

 

スーパーファミコン

 

です。

 

お子さんのスマホについて

頭を悩ませている方も

多いかと思いますが、

この時代は『TVゲーム』が

今のスマホ的位置づけでした。

 

うちの親も例外ではなく、

TVゲームを制限しており、

私は1週間に1時間しかプレイできませんでした。

 

でも中学も後半になったとき、

TVゲームでも特に強烈なモノに出会いました。

 

それがオンラインゲームです。

 

私はこれを友人に教えてもらい、

衝撃を受けました。

全国の大人とリアルタイムでやり取りしながら

ゲームできるんです。

 

中学の頃には、

周りの子どもたちが幼く見えて

仕方なかった私は、

 

睡眠を削り、

勝手に使い放題の電話料金のプラン

(夜11時~朝8時まで回線が定額になる)

を契約し、

このオンラインゲームに没頭しはじめました。

 

親が寝静まったのを見計らって、

ゴソゴソと布団から這い出し、

コンセントを繋いでゲーム機を起動させる。

 

この時代はゲーム機がやたらうるさかったので、

座布団でゲーム機をくるんで

音を殺し、夜が明けるまで

ネット越しに大人たちと遊ぶ。

 

そうこうしているうちに、

私は現実に興味を失っていきました。

 

「より刺激的なオンラインの世界があるのに、

どうして退屈な現実世界で地道に頑張っていく

必要があるんだろうか。」

 

そんな風に思うようになっていました。

 

でも元々熱しやすく冷めやすい、

(今思えばADHDの特性だったわけですが)

そんな性格だったので

オンラインゲームへの情熱も

長くは続きませんでした。

 

興じるモノを失った後は、

自堕落に、友達とくっちゃべっている日々でした。

 

そんなときに

「頭にミサイル直撃して一瞬で消えられるのが

一番幸せだよなぁ・・・」

なんてことを喋っていたのを

今でも覚えています。

 

彼女に依存し、フラれ続ける日々・・・

 

その後も刺激の強い遊びに、

短期間盲目的に集中しては、

急激に熱が冷めて倦怠感が襲ってくる・・・

 

そんなことを繰り返しながら、

いつの間にか高校3年になっていました。

 

ちょっとあけっぴろげにお話しするのも

気兼ねするんですが、

そんな私にもひょんなことから

彼女というやつができました。

 

遠距離だったんですが、

多幸感というか、

今思えばアレは幸せとはほど遠かったんですが、

ものすごく恋愛というやつに無我夢中でした。

 

色々な刺激を求めてきた私ですが、

恋愛の刺激というのは、

これまで味わったことがないほど強烈だったんです。

 

はじめは楽しいというだけで済んでいた恋愛ですが、

そのうちそれは彼女への依存に変わり、

執着と嫉妬の感情に苛まれることになりました。

 

結果、3年強付き合った彼女にはフラれました。

 

トラウマほどとは言いませんが、

あのときは半年ほど絶望に打ちひしがれ、

今思い出してももう二度とあのときには

戻りたくない・・・

それくらい強烈な事件でした。

 

それから私は

 

「どうしてフラれたんだろう?」

「どうすればフラれなかったんだろう?」

 

ということだけをひたすら、

強迫観念かのように考え、

行動してきました。

 

ずっと付き合えている男や

モテる男を観察して、

その真似をしてみたりしました。

 

そうこうしてるうちに、

 

自分が「普通」じゃないのがダメなんだ

と思い、

 

徐々に本来の、

何かに夢中になって、

色んな事にチャレンジしていた自分

すらも封印していったんです。

 

その後も、

何人かの女性とお付き合いすることが

ありましたが、

そのどれもが、

【私の方が急激に冷めてしまう】

というカタチで終わっていきました。

 

情熱は冷めるわけですが、

人一倍「情深い」性格だった私は、

「相手は自分を信じてくれているんだ」と、

別れを自分から切り出すことができず

惰性で付き合い続け、

結局は相手に悟られてフラれる

ということを何度も繰り返しました。

 

私の想いとしては、

ただただ純粋に

「一人の女性を最後まで愛し抜きたい」

というだけだったんです。

 

でもその変調は突然訪れるんです。

急に相手に対しての気持ちが消え去る

 

そのたびに

「またか・・・」

と絶望に打ちひしがれました。

 

でも、自分を諦めきれず、

 

「普通に」人と付き合い続けたい

 

それだけの想いで、

何度も何度も絶望を味わいました。

 

「普通に」就職し、結婚し、子どもを授かったが・・・

 

そんな私でしたが、

大学を出た後、

(ここも色々とありましたが)

福祉分野で就職することになりました。

 

このときに「発達障害」と出会います。

 

もちろん自分がそうだったなんて

このときは夢にも思いませんでしたが。

 

そして発達障害の成人を支援する施設で、

妻となる女性と出会いました。

 

「この人は今までと違う・・・」

 

付き合っているうちに、

そんな確信がわいてきました。

何が違ったのか言葉にするのは難しいんですが、

 

この人となら、ずっと一緒に居られる

 

という直感があったんです。

そうこうしているうちに、

彼女と結婚することになり、

ひとりの息子を授かりました。

 

ものすごく捻くれていた私ですが、

気づけば

「妻子持ちの公務員」

という、

いかにも普通な、安定した立場に落ち着いていました。

 

でも、そんな安心も

4年しかもたなかったんです。

 

 

強烈な違和感を感じ続けた4年間

 

短期的には、

最初の彼女にフラれた後の半年

が史上最も辛かった時期なんですが、

 

この結婚後からの4年間は、

何も感じられなくなるくらい、

自分を押し殺し続けた期間

という意味で最も辛いときでした。

 

何をしていても楽しいと思えない。

 

仕事の後、カフェでタバコを吸っている時間が唯一の楽しみだった。

 

そんな毎日でした。

 

原因はたくさんあるんですが、

最も大きかったのは

「変化のない毎日がこれから死ぬまで続いて行く」

ことへの絶望感でした。

 

「就職、結婚、子育て・・・

この状況から脱する頃には、

もう60も過ぎたおじいさんなんだ。」

 

この感覚が、私の中でものすごく大きかった。

変化のない毎日がとてつもなく恐ろしかった。

 

だけど、

この状況を脱するなんていう選択肢はありえない。

 

私は絶望を感じながらも、

 

「自分は普通じゃないんだ。」

 

「普通の人たちは、みんなこの絶望に耐えて、

 妻子を養い、職を全うしていくんだ。」

 

そう自分に言い聞かせながら、

誰にもそんな想いを理解してもらうことなく、

耐え続けました。

 

退職から「起業」、そして離婚へ。

 

そんな自分を押し殺しながら、

息も絶え絶えに生活をなんとか続けていたとき、

ネット上である人物に出会いました。

 

その人は

「当たり前のレールから抜け出す」

ことを発信していたんですが

私はこの人の音声を聞いたとき、

 

頭が石のハンマーでぶん殴られた気がしました。

 

 

 

 

 

 

「普通」ってなんなんだよ

 

 

 

 

と。

 

一体、誰が作ったのが「普通」なのか。

自分は自分であり、他の誰でもない。

 

「普通」じゃないからすぐ飽きる

「普通」じゃないから人生が楽しくない

「普通」じゃないから彼女にフラれる

「普通」じゃないからずっと続く毎日に耐えられない

 

そうです。

 

「普通になりさえすれば、すべて解決するんだ」

「そのために歯を食いしばって努力するんだ」

 

と私はいつの間にか思わされていたんです。

 

強烈なパラダイムシフトが私の中に起こりました。

 

「俺は俺でありさえすればいい」

 

そう確信した後は、

すべてが劇的に動き出しました。

 

仕事をしながら

半年間かけてブログやSNSを整え、

情報発信で食べて行く準備をしました。

 

そして、仕事を辞めました。

と同時に

妻には愛想を尽かされ

離婚することになりました。

子どもにも会えなくなりました。

 

元々仕事にしていて詳しかった

「発達障害」について、

情報発信するために

色々と情報収集しているとき

実は私も

ADHDだった

ということに気づきました。

 

・刺激を求め続けたこと、

・恋愛に依存してしまったこと、

・急激に愛情や情熱が冷めてしまうこと、

・退屈な毎日に耐えられないほど苦しめられたこと、

 

それらのすべてがADHD特性として繋がりました。

 

ああ、やっぱり自分は特殊な人間だったんだ、と。

 

私は今、

発達障害についての情報発信をしています。

 

よく、発達障害だと診断されて

 

「自分は発達障害だったから辛かったんだ・・・」

 

と安心したという話を聞きます。

 

でも、私はひとつ思うことがあるんです。

その思うことをお伝えするために、

わざわざ長々と自分のストーリーを語ってきたんです。

 

「発達障害だったから、今まで苦しんできた。」

・・・本当にそうですか?

 

私のストーリーをここまで読んできて

気づかれたかもしれませんが、

 

私は元々「発達障害」を専門に仕事してきました。

 

でも私がADHDだと自分を認めたのは、

・「発達障害」について学んでいたときでも、

・「発達障害」の人を支援していたときでも

ありません。

 

では、いつ私がADHDを認めたのか。

それは、

 

「自分は自分のままでいいんだ」と気づいた後

 

なんです。

言い換えれば、

 

「普通」でありさえすれば全て解決する

 

と思い込んで、

「普通」であるための努力をしていたときには、

 

気づくことができなかった

 

ということです。

 

このブログで本当に伝えたいこと

 

私はこのブログで、

・発達障害の特性についての解説をしたり、

・発達障害の人への支援方法について触れたり

しています。

 

でも、私はよく言われるように

「発達障害」を世間一般に知ってもらう

という、

いわゆる啓発スタンスには立っていません。

 

なぜなら、

発達障害とひとくちに言っても、

その特性の現れ方は

一人一人全員違うからです。

 

そうです。

 

発達障害の特性は無限にあるんです。

 

あなたにはあなたの悩みが、

私には私の悩みが、

発達障害由来のモノとはいえ、

全く違う悩みがあるんです。

 

だから、

典型的な「発達障害」について

いくら熱く伝えようとも

個々に見て行くと全員現れ方が違うために、

意味がないんです。

 

むしろ、典型的な「発達障害」なんてものは

机上の空論であって、

本当に知って欲しいのは、

 

 

私たちひとりひとり

 

 

なんです。

そこには健常者も発達障害もない

誰にも共通する普遍の願いです。

 

「自分がただ自分として生きたい。

 ありのままの自分を知って欲しい。」

 

 

その当たり前の願いを、

思い出してもらうために

私はこのブログを運営しているんです。

 

「普通」をぶち壊し、自分を思い出そう

 

ブルドックしか見たことない人は、

「犬」=「ブルドック」

だと信じているでしょう。

 

ブルドックとパグしか見たことない人は、

「犬」=「しわくちゃの顔」

と信じていることでしょう。

 

・プードル、

・チワワ、

・ゴールデンレトリーバー、

・柴犬・・・

 

「犬」の捉え方を拡げるためには

よりたくさんの犬を見なければいけません。

 

これは「発達障害」でも同じことです。

 

アスペルガー、ADHD、LD・・・

 

ここからさらに、

 

受動型アスペルガー

能動型アスペルガー

衝動優位ADHD

注意欠陥優位ADHD

識字障害

計算障害

 

またさらに、

それぞれの表出の仕方が違う。

何万通り、何億通り。

人の数だけ分かれていくんです。

 

もはや「発達障害」として、

くくる必要があるんでしょうか。

 

究極の話、

 

みんな違うじゃないですか。

 

ではなぜ「発達障害」という言葉を

みんな使うのか。

 

それは、

「発達障害」ではない

「普通」という状態を

みんなが信じているからです。

 

「普通」じゃない人は、

何かがオカシイ=障害である

 

この考え方がはびこっているに過ぎません。

 

この「普通」というものを

ぶち壊すために、

 

自分をありのままに生かしていく人が溢れる世界

 

を実現したいんです。

 

みんなが「普通」という幻の基準に合わせるんではなくて、

「変わってる」自分をありのままに受け入れている

 

そういう世界です。

 

そうなれば、

 

お互いが「違う」

とみんなが知っていて、

だからこそ相手を理解しようと努力しあう

 

そういう風になっていくと思うんです。

 

そのために必要なこと

 

ではどうすればそういう世界が実現するのか。

 

自分があまりにも周りと違うと、

「出る杭は打たれる」と言わんばかりに、

周りから叩かれます。

 

そうやっていつも周囲から責められていると、

自分で自分を責めてしまうようになります。

 

「自分がオカシイんだ」と。

 

そんな状況を突破してもらうために、

 

もっとオカシな人たちが生き生きしている姿を

見ればいいんです。

もっとオカシな人たちが周りに居ればいいんです。

 

でも残念ながら、

そういう周りと明らかに違う

いわゆるオカシな人たちの

ほとんどは隠れてしまっています。

 

その人たちを探し出し、

日の目に当てること、

そしてその人たちを繋げること。

 

それがこのブログのミッションです。

 

そのために、

 

・発達障害の特性でまだあまり言われてないところに触れたり、

・すでに障害を持ちながらも前を向いている人や偉人を紹介したり、

・健常者たちが口にしないことを敢えて発達障害視点で話したり、

 

ということをしています。

 

さらに、メルマガ講座の方では

 実際にリアルで集まる企画を紹介する

 つまづき、ふさぎこみがちな恋愛や仕事、夫婦間の問題に焦点を当てる

 自分と同じように苦しんでる人のために情報を発信するブログやSNSのやり方を解説する

 本当にやりたいことを生かして食べていく方法を考察する

 自分をありのままに受け入れるための習慣を紹介する

 普通にNEIが面白かったモノの話をする

 

などといったことをやっていきます。

私の想いに共感してくれたなら、

私にぜひ、

あなたが自分を受け入れるための

お手伝いをさせてください。

 

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 触れてお話しすることもあるかと思いますので、

 目を通しておいて頂くと理解がしやすいと思います。

 

 

 

 

 

最後にお伝えしたいこと

 

「普通」とはなんなのか。

「普通」なんてない。

 

そんなことを長々と書かせてもらったんですが、

私もいまだに「普通」でありたい

と思ってしまうことがあります。

 

こんだけ言ってきてなんなんだよ・・・

 

と思われるかもしれません。

 

でも、私は

揺れてもいいと思っています。

 

人はとても流されやすい生き物だと思います。

 

【自分をありのままに生かす】

という道は、

他人と違うことを認めるということであり

それは同時に孤独な一人旅でもあります。

 

「自分が進もうとしてる道は、

実は破滅への一本道なんじゃないだろうか。」

 

そんな気持ちになることが何度も何度もあります。

 

でも、

 

今の私には

そういうときに

自分を見つめなおすことができる

環境があります。

 

本当に苦しんできたのに、

いつも笑って面白いこだわり話を聞かせてくれる人。

 

現在進行形でもがき苦しんでいる人、

 

「NEIさんの文章を読んで、

自分は間違っていなかったんだとわかった」

と感想をくれる人。

 

そういう人たちに触れるたびに、

自分の想いは絶対に世界に広めるべきだと

自分を取り戻すことができる。

 

最も大切なものは、

自分が流されそうなときに

ぐっと手を伸ばして掴むことのできる

そういう枝のような

仲間ではないでしょうか。

 

ここまで読んでくれたあなたであれば、

なにかしら自分が他とは違うことに

悩んできたことと思います。

 

だけど、

今これからのあなたを

必要としている人が必ず待っていると

思います。

 

 

そんな人たちにあなたが

たどり着くために、

この文章が何かの役に立てたなら幸いです。

 

 

 

NEI