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【報告】彩乃さんと結婚します

どうもNEIこと脇田です。

 

タイトル通り、このブログでも対談で登場してもらってた彩乃さん(対談記事1)(対談記事2)と結婚することになりました。経緯はこのあと説明しますが、交際ゼロ日・婚前交渉一切なしですw

経緯の説明がややこしい上に、口頭で何度も説明しないといけないこと。あと、自分の生き方「衝動性を受け入れ高め続けていく」というものが今回の結婚にも表現されていますし、それをこのブログで発信することは意義のあることであり、また支えてくださっている方々への感謝の意を表すためにも、万難(主に恥ずかしさw)を排して書かせて頂くことにしました。

いつものテンションは封印して、しんしんと書きますw 雪の中の和室で書いてるのをイメージして読んでくださいw

https://www.jalan.net/yad326023/さんより拝借w

出会い

出会いについては、はじめて対談した(現在都合上非公開となっております)ある方から「対談をしたい子がいる」との紹介を受けて、「やりましょう!」となったことがきっかけです。これが2017年6月なので、かれこれ8カ月の付き合いですね。それ以降、彼女の活動について助言したり、彼女がしんどいときに支えたり、アルフ君と一緒にイベントを開いたりしてきました。

現在ではYouTubeで開始4カ月でチャンネル登録数1400人という快進撃を続けている彼女ですが、出会った当時は全く無名。何ができるのかもよくわからないけど、とにかく真っ直ぐで夢が大きい人(「レッドカーペットを歩く」)でした。友人のブログに心ないコメントが付いた際には本人より誰よりもあやのちゃんが食ってかかっていたのを覚えていますw

その後、彩乃ちゃん含む3名で「全会」という発達障害を全開で出していくコミュニティを作ることになったんですが、彩乃ちゃんとメンバー間に亀裂が入りました。理由に関しては話すと長くなるので省略しますが、その際に私も「全会」のプロモーションに一枚噛んでいた(応募ページを作成を請け負った)んですが、その際私はそのメンバーから「今の私では(彩乃ちゃんと)一緒にいられない」ということを言われ、「じゃあ彼女と全会は俺がサポートしていく」と約束しました。

懐かしき全会の応募ページw

そして他の二人が抜けた「全会」の運営において彩乃ちゃんをサポートし始めました。

彩乃ちゃんと一緒に応募ページを作成する際には色々と揉めることがありました。「イメージに合う画像を探して来てほしい」と私がお願いしたときには、「よくわからない」「気が乗らないことはしたくない」と言う彼女に、「それぐらいやってもらわないと・・・やっぱこの子はアカン」「サポートなんてやってられない」と思って私もフェードアウトしかけました。

でもなぜか、自分の中で妙に引っかかって、ふと彼女のブログを見返しました。そこには彼女がどれだけ過去「やりたくないこと」をやらされてきたのか、「これからはやりたいことをやっていきたいんだ」という決意が書かれていました。

私は自分が、「仕事に、家庭に、世の中の一般大衆が求めることをほぼ理想通りにやってきて、そのゆえに躓き、悩んできたんだ」と考えています。

そして全てを棄てて「自分であること」を選んだにも関わらず、ここで「やりたくないこと」をやらないという彼女を理解できないことなどあろうか、と思い直し謝りました。このとき、私は自分以上に彼女の芯みたいなモノの強さを感じました。このときは別に恋愛感情とかそういうのはなかったですが、一人の人として尊敬の念を持ちました

その後、彼女はYouTubeを始め、最初は少ない視聴者数でしたが徐々に見てくれる人が増えていきました。さらにネッコカフェで初のイベントも成功させました。傍に見ていても行動力が群を抜いていましたし、お世辞にも発信の才能があるとは思えなかった彼女がどんどんとファンを獲得していく様子に私も周りも勇気をもらいました

 

2017年年末のイベント以降

そして、私の呼びかけでアルフ君、私、あやのちゃんの3人で「発達障害特性で困っている人のための作戦会議」(レポートはコチラ)というイベントを横浜で開催することになりました。私は11月中旬に離婚しており、結構精神的に沈み倒していましたが情報発信ビジネスを教わっていた玉井さん(対談記事)から「そういうときこそ、助けたい人に会う方がよい」というアドバイスをもらい、自分もイベントを開こうと思ったのがきっかけです。

イベントはクリスマスに開催したにも関わらず、25名以上の人が参加してくれました。その後も進撃を続けていく彼女を見て私は「もう俺は要らんかもしれん」と思いました。そのときは私も自分の仕事が佳境に入っており、大事な時期でもあると感じていて互いに自立していくべきだろうと思いました。ただ、私には仲間がいましたが彼女には頼るべき人はいない状態でもあり、こう言ったら彼女に怒られるかもしれませんが割と私の方にぐいぐい来ていました(と感じました)。

私もしんどそうにしていると結構全力で支えようとするところがあることも分かっていましたし、このままじゃ共倒れにもなりかねないと思いました。そして、彼女の活動が頓挫してしまうのではないかと感じ出しました。自分はもとより彼女の活動に支障をきたすことは最も避けたいことだったので、「ここは一旦、離れよう」ということを決意しました。

というのは表面上の話で、実は彼女のことを女性として意識し出していました。しかしながら、私の頭の中には元妻と子どものことが常にありました。「自分の活動が実になれば認めてもらえて、あわよくば帰れるかもしれない」という思いをずっと持っていました。なので、別の女性と関係を持ってしまうわけにはいかない。そこまでハッキリと言葉にして思っていたわけではないですが、そこの部分でものすごく歯止めが掛かっていました。これは今になって初めて言語化できたことであり、当時は漠然と「彩乃ちゃんに近づくのが怖かった」レベルの認識でしたが。

そのとき丁度、「作戦会議」に来てくれた桜井さん(ツイッターはコチラ)に「自分は離れるので彼女がしんどいときは支えてあげて欲しい」とお願いして、彼女から離れていきました。余計なお世話だったかもしれませんが。

と同時に(お正月あたり)、私から彼女に対し、「俺も今いっぱいいっぱいだから、気になることをLINEされると集中できない。配慮して欲しい」と割とキツめに言い放ちました。これは今思えば酷い話です。彼女が何かに配慮できるはずがなかった。むしろ、配慮できる人ならその良さは半分以下になってしまうのに。

任せたクセに嫉妬するヤツ

で、私は桜井さんに彼女を任せ、自分の仕事に集中するために箱根に旅立ちました。

でも箱根では完全に一人だし、無性に寂しいわけです。超寒いし。「もう彼女は一人立ちしていくんだ」と思いながら、こちらには気を使って連絡を控えてくれていた彼女に対して「ああ、連絡してくれないんだ・・」となぜか理不尽に寂しさを感じていました。

で、桜井さんに後を頼むと言っておいて、桜井さんと出かけたりしてるのをなんとなく見ていたらスゴイモヤモヤするっていうこれまた理不尽な現象に心を悩ませていました。ここがこの記事で一番の恥ずかしポイントであることは間違いないですよね。墓まで持っていくつもりであったことは言うまでもありません。

なんせ、結婚して、離婚もして、子どももいる30過ぎた大人が嫉妬みたいなん未だにしてるということが相当、情けなかったです。しかも自分でお願いしといて!

 

しかし実はコレは嫉妬ではなかったと、後で気づきました。

 

一方その頃・・・

 

ちょっと話は変わるんですが、2017年12月20日からある人の家に私は居候しておりました。まあ私がナンパという社会的信用皆無のアクティビティに従事していた(記事はコチラ)というのはもう既出なわけですが、その居候させてくれていた友人はナンパ師の方です。

どうも今私があやのちゃんを風俗に陥れようとしてるという想像力豊かな説wが流布されている中で「ナンパ」とかいうワードを出すとさらに善人の不安を煽るカタチになるかとも思いましたが、私とナンパは切っても切れない関係ですし、後ろめたくそのことを伏せるようなことは断じてしたくないので敢えて出します。

で、その居候先の男、信一さんは11浪して医学部に合格、その後医者にならずにナンパしてるという究極に謎の男です(僕は褒めてます)w (彼のツイッターはコチラ)彼とは公務員退職後に行った、ジョホールバルでの合宿にて知り合いました。

彼とは一緒に近くの、刺青OKの銭湯なんかにもちょいちょい一緒に行きながら(僕らはタトゥーないですよ)、彼がタイに発ったとき(大雪の次の日)の少し前まで恋愛の相談なんかをしていました(彼の恋愛コンサル生だったので)。まあ彼は「抱かない意味がわからないです」ばっかり言ってきたんですがw、私の中にはそもそも『元妻と子どもへの想いを断ち切れていない』という問題が横たわっていた(それに気づいてさえなかった)ので、聞き流さざるを得ませんでした。「そんな無責任に抱けるかいな!」と。今思えば至極的を射た意見だったんですが。でもその言いまわしではあのときの私には響かなかったんです。

そんな彼は1月下旬~2月頭まで、タイに遠征に行ってたんですが、なぜかタイで求婚して断られて意気消沈しながら(アイフォンもパクられてw)、家に帰ってきました。

明日大阪に帰るという日に信一さんに胸の内を吐露しました。

「このまま離れていけばいいと思うんですが、なんかモヤモヤするんですよね・・・」

 

そしたら、彼が言った言葉が、

「結婚すればいいじゃないですか。結婚しない意味が分からないです。」

 

えっ?

ここで、普通「意味わからんわww」ってなると思うんですよね。付き合ってもないがなwwwってなるじゃないですか。

でも、このようわからん言葉が脳天を直撃しました。

 

 

ガツーン

 

 

と。

それまで「け」の字すら出てこなかった、「結婚」っていうのを考えたときに、

私の中の何かが外れました。

 

「えっ、なんで俺あやのちゃんと結婚せんの?」

って問いに、答えられなかった。

結婚しない理由がひとつもなかった。

 

ものすごいメンタルブロックが発動していたわけです。このわけのわからん問いかけによって私の盲点が外されました。私は元妻と子どもを捨てたつもりになっていたんです。その実、帰りたかった。諦めきれなかった。もうとっくに終わっているのに。あの箱根で感じ続けた嫉妬のような感情は、すべてを捨てきれず、前を向けないがためのモヤモヤだった。

「抱かない意味がわからないです。」ではそれは外されなかった。

でも「結婚」してしまえばもう後には引けない。もうあの家には戻れない。子どもにも「お父さんは僕を捨てた」と思われるかもしれない。でも、自分の中で何かがハッキリとカタチを成していきました。

あのとき仕事を辞め、離婚し子どもとも会えなくなり、親にすら縁を切られたとき、覚悟を決めたことはなんだったのか?

その答えをもう一度確認したとき、あやのちゃんを好きだったことが余裕で分かりました。

そしてそのとき丁度彩乃ちゃんは家を出ようとしていて、生活保護の関係で立ち往生していたんです。そして、その少し前、私は「俺は大阪に戻るけど、これからはお互いに自立して、協力するときはしていこう」と言ったばかりでした。なので、相当の負荷が掛かりました。その時の様子は信一さんは見てましたが、バンジージャンプ飛ぶ10倍以上の感じだったと思います。

私には夢があり、それは

発達障害のある人たちが「自分」を受け入れ、その価値を高め続けていくことで健常者すら「人は一人ひとりが違っていいんだ」と気づき出す。そういう世界を実現する。

というモノです。途方もないヤツです。それを叶えるために私は公務員であることを捨てました。あのときは家買おうと思えば5000万だってローンを組めました。健康保険も共済組合だったし、家賃補助も出ました。でもそんなものを全て捨ててもこの実現を成し遂げるために、というより、自分が自分であるために、飛び出しました。

でも、「結婚」するということは相手の人生にも責任を負うことであり、私が自分で自分の夢のリスクを負うだけにはとどまらない。

もしかしたら自分の成し遂げるべき夢の実現を折れなければならない、もしくは、遠回りすることにもなるかもしれない。もし折れることになれば、何のために全てを捨てたのか分からない。

パソコンでの作業時間も減るかもしれない。お金も二人分かかる。自由に借金ももうできない。ましてや4年間の結婚生活、子育てを経験しているからこそ、共同生活のしんどさについては誰よりも知っている。そしてなにより、もう後には戻れなくなる。

で悩み倒した末、

「じゃあ俺と結婚しよう」と送ってましたよね。

 

それは理屈が通ってないかもしれないし、不安も課題も山ほどあるし、誰も祝ってくれないかもしれない。社会的にも批判されるかもしれない。でも最初から答えは出ていました。あのときの問いの答えは「自分のことは自分で決める」だったからです。

 

 

心配されている方々へ

心配要素しかないので、全くもって至極真っ当なご心配かと思います。

今回長々と書きました。でもこの記事って一言で実は表現できます。

「ノリで結婚しました」

と。

結婚を何だと思ってるんだ!と言われるかもしれません。でも逆に聞きたい。

 

「結婚って何ですか?」

 

結婚したことがありますか?子どもを死ぬ気で育てたことはありますか?毎日の自由な時間がほぼないのを何年も続けたことがありますか?

それは私にとっては結局やってみたけど、良く分からなかった。自分を殺してまで結婚というものに縛られ、安定を求め闘い続けることの意味は、分からなかった。最後まで、死ぬまで続けていたら分かるんでしょうか。途中で投げ出すことは甘えでしょうか。人として失格でしょうか。

私たちは二人とも「甘えるな」「人として間違っている」と言われてきた身です。それは、二人とも普通に見えるからです。リア充のように、器用なように、賢いように見えるからです。

突発的に何かを決めれば、「慎重に決めなさい」「相手のことも少しは考えなさい」「計画を立ててモノゴトは進めなければいけない」と言われてきました。もちろん、突発的にやって後悔したこともあります。でもそれらは全てリカバリーが効きました。復活することが出来ました。でも唯一、リカバリーが効かない後悔があるんです。

「周りの意見に流されたこと」

です。それは取り返しがつきませんでした。30余年を失いました。私にとって「衝動性」はかけがえのないものです。それを受け入れてから、たくさんの人に出会い、毎日が充実し、自分を生きられるようになりました。その「衝動性」を私は今後も、日々受け入れ、高め続けていこうと思っています。そして、彩乃ちゃんはそんな私を受け入れてくれる人です。

彼女は、私の「何でも受け入れて、私のやることを否定しないところが好き」と言ってくれました。「受け入れて、否定されなかったら誰でもいいんかいw」って一瞬思いました。でも、それを誰も出来なかったくらい彼女はあらゆる人たちに否定された。否定され続けて生きてきた。それは、同じ発達障害のある人であっても同じだった。他の人の「受け入れてくれる、否定しない人」というモノとは重みが違うんです。もしそういう人がいたら「誰でもいいのかもしれない」でも、そんなヤツは今後俺以外現れることはない。そう思っています。

 

 

さいごに

 

活動を応援してくれている方たち、

私たちの門出を祝ってくれる方たち、

ともに進んでくれている心強い仲間たち、

そして、心配し、私たちのことを想ってくれる方たちに

感謝の意を持って記事を締めさせて頂きたいと思います。

 

本当にありがとうございます。

これからも二人を見守って頂けますよう、よろしくお願いします。

 

 

 

以上です。

お読み頂きありがとうございました。

 

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