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ほぼ生計費だけに350万借りたヤツが“借金”について語ってみた

 

どうもNEIです。

 

最近朝イチで頭から水を3分間浴びる儀式にハマっています。冷たくて頭が最後の方痛くなってきますが、1週間以上続けるとなんかやらないと気が済まなくなってきました。ドMというわけではありません。どちらかといえば最近はドMを通り越してもはや微Sとなっている感じです。

さて、そんな限りなくどうでもいい冒頭を終えたところで、今回はお金というテーマです。私の何が一番オカシイ部分なのかと言えば、有無を言わさず「金銭面」であることは1秒以内に即答できます。「お金」の中でも特に今回「借金」について語りたい。語らずにはいられないんですよね。

「借金」と聞くと、何が思い浮かぶでしょうか。

借金というのは世間的には「できるだけ避けた方がよい手段」という認識が多数派かと思います。お金を借りれば当然のことながら“金利”というモノが発生します。年利が例えば10%ならば100万円借りたら110万円返さなければなりません。

・「利息が払えなくなるんじゃないか」

・「利息で月々の生活が窮屈になるんじゃないか」

そういう懸念があるのは仕方ありません。

しかし、今手元にないお金が手元に入ることのメリットは計り知れないと思うわけです。

あくまでも自分の恐怖を切り離して考えてみれば「手が出せるはずのないチャンスに手が届く」のだから、「借金」をただただ利息があるからという理由で使わないのは、恐怖に気押され合理的判断を欠いているだけではないのでしょうか。

一人ひとりが「借金なしには」届かなかったチャンスに手が届く状態を想像してみて欲しいのです。もしチャンスを生かそうと多くの人が何かしらの行動を起こしたならば、経済に刺激を与えまくることになります。個人的にだけではなく、社会的に見てもいかに「借金」という仕組みが経済を活発にさせるものかは簡単に分かります

ただ、社会には“「借金」は身を滅ぼす”みたいな感覚が当たり前に根ざしています。私の感覚から言わせてもらえば“カメラで写真撮られたら魂が抜かれる”くらいには迷信だと思ってしまうわけです。

例えもし全く返せないという状況になってしまったとしても手元に25万だけ残っていれば自己破産の手続きができます。

「借金」だけでもヤバイと思っている人が「自己破産」と聞くと、「この世の終わり」みたいに思ってしまうかもしれませんが、ただただ借金がチャラになるわけです。もちろんデメリットは存在します。借金やクレジットカードを作れなくなるわけですが、これも7年で時効になるんです。

これのどこが「この世の終わり」なのか私には理解できません。

ただただ先入観で「自己破産」が死の宣告のように聞こえてしまっているだけではないでしょうか。

逆に考えれば、借金をチャラにできる制度が法的に整っているのはどういうことかと言えば、何%かの人間が借金を全く返せなくなったとしても、借金は経済にとっても、国にとっても有益なモノだからではないのでしょうか。

 

 

私は公務員を辞めて起業しました。

私の業種ではパソコン一台とネット環境があれば特に経費はかかりません。しかし私は離婚した手前、貯金のほとんどを家族に置いてきました。裁判で戦うことも可能でしたが、自分はきっとどんな状況でも生きられるだろうと自信があったので、話し合いのみで終結させ手元の資金は100万に満たない状態で住む家もないところからスタートしました。

その際に使用したのが消費者金融クレジットカードでした。それを経費や事業に充てるわけではなく、「自分の生活費」に充てたのです。

あの時借金という仕組みがなかったならば、私は自分を活かすための選択など出来なかったことは断言できます。アルバイトでもしながらスピードを落としながらチマチマと活動するしかなかったでしょう。そんなスピードでは恐らく叶わなかったであろう成果がたくさんあります。

私は小さい頃から金銭感覚が通常とは違いました。「計画的に使いなさい」と渡されたお小遣いを計画的に使えたためしがありません。

何かのお祝いに渡されたお金をそれはもう盛大に無駄に使ってしまい「俺はホンマにアカンやつや・・・」と凹み倒したことは何十回とありました。今から振り返れば、私には『計画性』という機能がほとんどないためにそういった風にお金を遣ってしまうのは仕方なかったんだと思います。

しかし、不思議なことに私はお金で困ったことはそれほどないのです。お金そろそろヤバイなという時には不思議と臨時収入が入るのです。オカルトっぽい話ではありますが、世の中を論理的に科学的に考えるだけでこの世が説明できるとは私は思わないのです。

 

特に金銭に関して言えば、論理的に説明がつかないことの方が多いのではないでしょうか。

投資の達人という人たちは、「感情を制した者が勝つ」というようなことをよく言います。お金というものこそ、不可解な存在であり、論理性以上に感情面に大きく左右されるものであると私は思っていますし、それは限りなく真理に近いと自分の持論に自信を持っています。

『何かがあったときのために備えるお金』というのを貯めようとしたことがあるかと思いますが、そんなときほど「急な出費」があり結局は大してお金が貯まらなかったという経験はないでしょうか

数字だけにフォーカスしてお金を勘定するやり方は確かに誰かを説得する上で、説得力があります。数字という“裏付け”があるからです。しかし、いつでも“裏付け”があることが真理なのかといえば、それは違います。“裏付け”があれば説明ができるだけであって、それが正しいということはできないわけです。数字というのは一つのモノサシでしかなく、決定的証拠とは言えないからです。

 

私はこの世の中が、あまりにも「お金前提」で進められているような気がします。「お金がないから」という理由で行動をしなかったり、逆に「お金が入るから」という理由だけで一生の仕事を選んだり結婚相手を選んだり。

私の“異常”な金銭感覚から言わせてもらえば、お金を動機にすればするほど、お金は逃げて行きます。これは私みたいな若輩者だけが言っていることではなく、たくさんの偉人や社長などが言っていることでもあります。

発達障害の人たちも「お金」を基準として、自分が優か劣かということを判断しているように思えてなりません。「お金」を稼げる特性に生まれて良かったとか、「お金」を稼げない特性を持って生まれた自分はどうすればいいんだ、とか。私は自分の異常な金銭感覚から言いたいのです。

 

『いや、それは「お金前提」で考えているからですよ』

と。

 

計画性よりも衝動性が優位であるがゆえに、一月先の金銭の勘定も私はロクにできません。だけれどもこれまで32年間何の不自由もなく生きてきました。

むしろ、私は誰よりも幸せに生きてきたと思うんです。なぜならば、『今でしょ!』と林先生に言われるまでもなく、【今しか見れないから】です。これはただの「開き直り」かもしれません。しかし“自分の「感じ方」を疑うことなかれ”とずっと私は言ってきましたしこれからも言い続けます。周りから異常だ異端だと叩かれるほどに私は燃えてきます。どちらが正しいのかこの手で証明してやろうと。

このくだらない手記がどこぞの誰かに勇気を与えることを願って、駄文を締めさせて頂きます。

 

今回は以上です。お読みいただきありがとうございました。

 

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このブログでお話ししていることはあくまでも私の「感じ方」に基づく分析によるものです。しかし、こういった分析や分類、カテゴライズ以上に重要なことは

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です。

「発達障害」とどのように付き合っていきたいのかを今一度考えて欲しいと思い、私はブログを書いたり、イベントを主催したりしています。現在この社会に既にある「克服すべきもの」であるという捉え方だけでは足りないように感じているからです。

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