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健常者とのちがい

【自閉症とアスペルガー】デスノートに見る発達障害の特性の違い

どうもNEIです。

今、大阪のあるスーパー銭湯に来ているんですが、風呂の中になぜか普通に服を着た妙齢の女性が立っています。大阪ってこんなに蛮族の街やったかな・・ココウメキタやんな・・?っていうショックをもれなく受けましたよね。海外の人に誤解されないことを切に祈ります。

 

自閉症とアスペルガーのちがいって?

 

さて、今回はちょっとマンガの話を取り上げるライトな感じの回ですが(夜神だけに)、でもすごく重要な内容やと思ってます。

自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder, 略称ASD)と現在名付けられているこの障害は、以前は名称がちがいましたアスペルガー症候群と自閉症(カナー症候群)というものに分かれていたんです。つまり、この新名称が出来てからはアスペルガーも自閉症もカナー症候群も全部同じ扱いです。いまや「アスペ」っていう言葉は古いということです。まあ別にアスペルガーって私は呼んでますし、名称にセンシティブになる意味がはっきり言って分からないので、今回別に「アスペルガーは差別だ」とかそんなことを言いたいわけではありません。

じゃあ何が言いたいのかというと、

この自閉症とアスペルガーのちがいというものが今の統一化された名称「自閉症スペクトラム障害」というものでは区別されていないんですが、しかしながら、私は重度の自閉症の人たちを数年間支援してきたんですが、アスペルガーと自閉症(カナー型)の間に私は明確なちがいを感じるんですよね。

アスペルガーと自閉症(カナー症候群)を一緒くたに扱っていいのか??

というのが今回の記事のメインテーマです。

 

 

夜神月(ライト)とLはどちらがアスペルガーでどちらが自閉症?

 

デスノートっていう実写版映画にもなった(松山ケンイチと藤原竜也のやつ)マンガがあるんですが、私がまだ発達障害の人の生活支援に携わっていた頃、「デスノートは発達障害者が主役の映画やな」みたいな話をしたことがあります。

全然見たことない人は置いてけぼりになってしまって申し訳ないんですが、私的には絶対に読んだ方がいいと思うので、まだ読んだことない人は週末マンガ喫茶に一晩こもって7巻まで(全12巻ですが)読んでおいて下さい。

このマンガ、要は「人の名前書いたらその人死ぬ」っていうだけの設定を頼りに繰り広げられる思考ゲームみたいなマンガなんですが、一言でいうとめっちゃおもんなそうなんですけど、着目すべきはライトエルという二人です。というかおもろいのはその二人だけです。

 

夜神月(ライト)

あえて実写をチョイス

彼が主人公の月(ライト)君です。彼はある日デスノートという「人の名前書いたらその人が死ぬ」ノートを拾うんですが、普通怖くなって捨てそうなもんですが、彼はなぜか「犯罪を犯した者の名をそこに書けば、この世から犯罪が消える。そして俺は神になれる。」と考えます。

この思考回路には、何かが抜け落ちています。それはもちろん、犯罪者の命に対する倫理観の欠如ですよね。また、犯罪が全て犯罪を犯した者の責任になるという考え方や死刑制度が太古の昔から議論され続けていることなど、そういった諸々への配慮が全くありません。

しかし、彼は自分が完全に正義、というか「神」だとすら思っています。この思考回路がものすごくアスペルガーっぽいわけです。あ、別にライト君が正しいのか間違ってるのかみたいな議論は全然するつもりはありません。ただ思考回路というか思考のやり方、経路がアスペルガーのそれにすごく近い、ということが言いたいだけです。

ちなみに、ライトは社会的に認められていて、外見もこざっぱり、コギレイにしており見た目の違和感がほぼありません

L(エル)

またまた実写版をチョイス!

で、一方のL氏です。

彼はものすごい名探偵的なポジションで登場し、ライトを追い詰めていきます。IQがものすごく高く、ライトももちろん高いんですが、この二人のばかし合いがデスノートの見どころです。このLですが、まず座り方がめっちゃ変です。基本、イスの上にしゃがんでます。あとスプーンの持ち方が変です。先っぽを摘まむようにして、まるで汚いものに触れるかのようにスプーンを持ちます。あと感情表現がほぼ無いですね。

Teppei Koike ver. 携帯も摘まみます。

彼はライトのように思考回路が独特というわけではなく、「純粋に与えられた仕事にめっちゃ素直に、真っ直ぐに向かい」ます。「犯罪者でなんであれ、人を殺す奴は犯罪者だ」という考え方を疑うことすらなく、絶対的なIQの高さでライトを追い詰めていきます。あと、エルは見た目(外見)にも頓着がありません。いつも同じ服を着ています

この2者の間には私は明確なちがいがあると思います。それはアスペルガーと自閉症のちがいに酷似しています。

 

マンガだけの話だとアレなので・・・

 

さすがに、「マンガの話だけを持ち出してこられても・・・」って言われても何も反論できませんし、実際の私の重度発達障害者を支援してきた経験や、専門的に学んできた見解というのも示しておきます。

ASDとして統一されてきた背景に、

アスペルガーと自閉症の間には言語性のちがいがあるが一定の年齢になればそれはほぼ同等の能力となる

という考え方があります。

大井学氏『金沢大学,子どものこころの発達研究センター』のレポートによれば、ある研究論文[Howlin(2003) ]ではアスペルガーの方が言語発達が早熟であるという示唆があると記述されていました。ただ結論としては、「18歳前後にまで成長した両者に表出上のちがいは認められない」ということのようです。

研究結果は研究結果時が進めばいくらでもひっくり返るのが世の常です。効果的な筋トレとかもそれはもうコロコロと研究結果によって右往左往してきているように。

このブログではあくまで私的な想いを発信したいと思っています。なので、研究結果は一応踏まえておいたに過ぎません。とはいえ、私の経験上もこのアスペルガーと自閉症(カナー型)の一番大きなちがいは「ことば」であると思います。少なくとも、表出されている特徴については言語獲得過程(主に幼少期)における「ことば」のちがいに目が行きます

 

「フレーズ」を歌うアスペルガーと一字単位で間違う自閉症

 

「ことば」の獲得の印象としては、アスペルガーの人は「ことば」が好きです。もっと明確に言うなれば「フレーズ」が好きです。テレビCMのモノマネをひたすらしているアスペルガーの人を時々見るかもしれませんが、ああいう感じで「ことば」をコミュニケーション手段というよりは「フレーズ」として遊んでいる感じです。

・やめられないとまらないかっぱえ○せん

・ラッパのマークの正露○

・ありがとういい~くすりです。

・ポテトが辛くてなぜおいしい

などなど。

ただひたすら、それらをまるでバットの素振りでもするかのように、ひたすら繰り返します。ただ、この「ことば」には相手がいません。誰かに投げかけるために、私たちは「ことば」を使いますが、アスペルガーの人の言葉はあくまでも「誰かに対してではない」んです。

「ことばあそび」と言った方が正しいかもしれません。「積木を組み立てるように」遊ぶんです。「語順を入れ替えたり、組み合わせを換えたり、語尾をつけたり外したり。そんな風にして、ことばであそんでいる」。抑揚も「フレーズ」なのでしっかりつけられます。

しかし、普段から一人で「ことば」を話しているので、誰かに何かをコトバで要求したりコミュニケーションを取ることはものすごく下手です。うまく表現できなさ過ぎて手が出ることすらあります。言ってみれば、アスペルガーの人は「ことば」をコミュニケーションとして使うのではなく、まるで歌のようにうたうのです。

 

「一字」単位で間違う自閉症

 

一方、自閉症の人は「コトバ」を話し出すのが遅いです。厳密にはアスペルガーの人が「フレーズ」に興味を持つのに対して、自閉症の人は「フレーズ」にも興味がありません。先ほど取り上げた論文の「自閉症児は、言語の獲得が知的障害でなくてもアスペルガーに比べて遅い」、という原因として、

コミュニケーション上の必要に迫られない限り言語に興味がわかない

ことが大きいように思います。

まちがい方も独特です。「ばびぶべぼ」が「ぱぴぷぺぽ」に変換されてしまったり

このように、「言葉の獲得」の仕方という点にだけ着目してもアスペルガーと自閉症には明確にちがいがあります。

 

自閉症スペクトラム(ASD)とひとまとめにしてしまってよいんですか?

 

デスノートの話や言語の獲得過程の話をしてきましたが、私は個人的に

・アスペルガーと自閉症は全然ちがう

と思っています。

これを現在の専門家たちは同じものとして扱っています。そこに問題提起せざるを得ない。

「表出の仕方が同じであれば、それは果たして同じように扱ってよいのか??」

と。

 

この2者では「感じ方」が全然違っているはずです。

つまり、情報のインプットのされ方が全く違うと思います。ただ、アウトプットが「似ているだけ」です。アウトプットだけに着目し、そのアウトプットに至った過程を完全に無視する。ブラックボックスの部分を放棄している。専門家と呼ばれる人たちはその影響について、デスノートを穴があくほど読んで、もう一度考えた方がいいと思います。

 

まとめ

今回は「アスペルガーと自閉症」のちがいについて、

・デスノートのライトとエル、

・言語獲得の過程

の2点から「全然ちがうよね??」という問題提起をさせていただきました。

 

このことを記事にしようと思ったのは、私が発達障害を一緒くたに扱おうとする現在の専門家に対してとてつもなく違和感を持っているからです。私たちはアウトプットするだけの機械でもプログラムでもありません。それぞれに、それぞれの「感じ方」がある。それを無視するということは、イコール「ロボット扱い」と同義であると私は思います。

そして、そうやって研究が進んでいくことに誰も異を唱えないならば、あらゆる「感じ方」は排除され、最終的には世界から「彩り」が全く失われることになるでしょう。

私はそんな世界は嫌です。

私は自分が重度の自閉症やアスペルガーの人と関わってきたときに一番面白いと思ったのが、彼らの行動よりも「感受性」の部分です。その感じ方を社会が拾い上げることが、必ず発達障害の人たち、健常者の人たち隔てることなく、双方に大きな利益を生むと信じてこの活動を始めました

ここに書かせてもらったことは、私が発達障害のある重度の人たちを支援する中で、殴られ、頭突きされ、なじられ、噛みつかれ、彼らの親御さんの涙を見て、悩みを聞いて、得てきた結晶のような知見です。あえて批判を覚悟して言いますが、

専門家こそ何か大切なモノを自分たちがこの世から消し去ってしまっていないか

を常に振り返るべきであると思います。それだけの力を持っていることを自覚するべきです。

 

今回は以上です。お読みいただきありがとうございました。

 

 

 

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