いきなり意思決定支援とかいうと小難しいけども、
意思決定っていうのは、めちゃザックリいうと

・どうするか決める

ってこと。

・物を買うのか買わないのか。
・誰かと飲みに行くのか行かんのか。
・話しかけるのか話しかけないのか。
・弁当を一人で食うかみんなで食うか。

例はめっちゃ雑やし範囲もめちゃくちゃ広いんやけど、
こういった「どうするのか決める」こと全般を「意思決定」と定義しておく。

僕らの生活ではとにかく「意思決定」の連続やんね。

朝起きるのかから始まって、夜寝るのかまで。
意思決定なくして生活なんてできない。

こないだの記事「発達障害の人はなぜお願い事を断りづらいのか?」で触れた、お願い事を受けるのか断るのか、っていうのも一つの意思決定やね。

発達障害の人はなぜお願い事を断りづらいのか?

発達障害の人は、この『どうするか決める』っていうことに対していろんなムズかしさがあると言われている。

別に僕が個人的にそう思うとかではなくて、障害者総合支援法(僕が勉強した時はまだ自立支援法やった)でも意思決定支援が定められている。

1.意思決定支援の定義
障害者への支援の原則は自己決定の尊重であることを前提として、自ら意思を決定する ことが困難な障害者に対する支援を意思決定支援として次のように定義する。
意思決定支援とは、知的障害や精神障害(発達障害を含む。以下同じ。)等で自己決定 に困難を抱える障害者が、日常生活や社会生活に関して自らの意思が反映された生活を送 ることが可能となるように、本人の意思の確認や意思及び選好の推定、最後の手段としての最善の利益の検討のために事業者の職員が行う支援の行為及び仕組みをいう。
障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン(案) より

ガイドラインは法律そのものではなくて、事業所が法律に準拠してサービスを提供するための取説みたいなもんなんやけど、そこにもきっちり発達障害も含むと書いてある。

(何気に最後の手段としての職員の支援があると書いてるのは重要やで)

合理的配慮
合理的配慮っていう言葉をよく聞く。
国際的な煽りを受けて、障害者差別禁止法っていうのが定められた。
その中で合理的配慮というのが設定されている。
英語では、reasonable accommodation という。
配慮よりも『便宜』『助け』というニュアンスが近い。

配慮はいかにも日本人が好きそうな、采配が加わる感じがある。

以前、

乙武さんが車椅子でレストランに入れなかったことなんかが
ニュースになっていたが、

現時点では民間企業の合理的配慮は努力すれば良いだけで
義務にはなっていない。

「なんやそれ・・」

って感じやけど、まあそういうことです。

忖度(そんたく)っていう言葉が流行語にもなるわな。

3つの意思決定支援

で、その合理的配慮で案外注目をされていないのが
今回取り上げた「意思決定支援」やねん。

僕的には間違いなく最重要

・・・間違いなく最重要。

これが注目されてないっていうことは、
今この時も誰かが気づかず虐待を受けているっちゅーこと。

どういう意味か話す前に

まず、

どういう意思決定支援があるのか
について。

意思決定支援は、3つに分けられる。

①意思疎通支援と情報提供

まず、意思疎通ができるかどうか。
当たり前やけど、
日本語が分からない外国人に
日本語で商品についてとか、サービスについて
説明されても、そもそも
意味が伝わらへん。

発達障害の人は耳から入る情報に弱いという
特性がある場合があるから、
視覚的に意思疎通がはかられていないなら、
これは人権侵害に当たると。

その上で意思決定に必要な情報が与えられているかどうか。

『この家はぬかるみの上に立っている』という
情報を与えられずに、
家を買わされたら流石に困るやんか。

「重要な情報も与えられずに
なんか買わされる」

なんていうのは人権侵害。

②意思実現支援
望んだことがそもそも実現できるか?
ということ。
実現したいと望んだことが障害による不利で達成できないということに
対して適切な支援が必要とされている。

解釈が分かれるかもしれんけど、僕は
この②はよう分からん。
『望んだことが実現できる』っていうのはみんなに
等しく与えられる権利やとしたら、
世の中おかしなことにならへんか。

程度問題かなと思う。

③意思形成支援
僕は今日はコレについて言いたかった。

意思形成支援とは・・・

本人にとってよりよい意思決定を本人が納得してできるよう支援すること

コレが一番重要やろと・・・

発達障害の人は意思形成のスキルが十分ではない。

意思決定をするまでのトレーニングや
教育を受けていないから。

情報をいかに扱うのか、納得できる自分にとっての意思決定はどういったものなのか。
経験を通じて、リテラシーを通して、あらゆるものを通して・・・
習得すべきではないのか。

ちなみに「失敗から学べ」と放置するのも虐待になる。
自閉症などの場合、失敗体験によるダメージが定型発達よりも
深くなると言われているためだ。

小さな成功体験を重ねながらも、意思決定の精度を高める
(納得できる意思決定ができる確率を上げる)
必要があるんよね。

意思決定への合理的便宜のさじ加減は鬼のように難しい

発達障害の人たちに意思決定で支援を行うのは
ホンマに難しい。

一つ間違うと支援者の独善になり、虐待になる。

じゃあ完全に一人でやっていけ
というのもまた虐待。

この問題への取り組みを深めることが絶対に必要。
急務も急務やなと思う。


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