今回は身の上話というか、近況というか、そういう話なので発達障害とはあんまり関係ない。
率直な話、警備員としてアルバイトを始めた。

理由は純粋に、金欠。

2017年11月、俺は公務員を辞めて情報発信ビジネスで開業した。
売上にしたらまぁ100万以上は稼いできたけど、
それでも一本で食っていけるほどには稼ぐことができていない。

稼げない以上、別の仕事をしなければ生きてはいけない。

『情報発信ビジネス』とは言っているけど、
別にそもそもビジネスをやりたかったわけではない。

“発達障害の人が知られないために各種差別を受けている状況を変えたい”
という目的がまず最初にあって、手段としてビジネスを採用したに過ぎない。
それがビジネスでなく、ボランティアとかデモ活動とか、そんなんでも良いと思う。

ただ、自分のやりたい目的に集中してやっていくためには、
その活動自体が生活費を生んでいくようなものであるのが理想的だ。

そして当事者に対するコンサルやセミナー、カウンセリング、書籍などを
ブログやSNSでの情報発信による集客で販売するという今までの形になった。

というよりは、他のやり方を全く知らなかったので
たまたま教えてくれる塾を見つけたからそこに入って実践した、というのが実際の話。

ビジネスをやったことについては、全く後悔をしていない。
他のやり方についても色々と学ぶことができたし
今の奥さんと出会えたのも、起業したからこそだと思うので。。

全然関係ないが、収入が不安定な中自分で稼がないとと思い続けてきたからこそ
今、「働きたい」と申し出ればそれなりの時給でアルバイトができる
この都心という場所や日本のありがたさを感じずにはいられない。

雇用に関することや社会保険、年金、所得税その他などについても
独立した経験から多くのことを学んだ。
「雇われているときに出していたたくさんの書類には、
こういう意味があったんだ・・」と。

そうして色々知ってから改めてバイトをしてみると、すごく社保やら手当やら
何やらについてありがたく感じた。
これらも国が労働者を雇用するにあたっての助成金を出しているからこそ
実現している話で、もしそういうのがなければ、
労働者というかみんな委託で仕事を引き受けるフリーランスのフリーターみたいな
ものになって、自分で確定申告や高い国民健康保険代を払わなければいけない。

そういう諸々の作業について、とても苦手さを覚えるタイプの人間なので
独立してそれで食べていくのはそういう意味でもなかなか面倒な所業だったわけだ。

まあ色々と書いたけれど、俺は絶対に自分のやりたいことを諦めることはしない。
半分宣誓する気持ちで書いているけど、
発達障害の人たちは確実に、知らないうちに多くの差別を受けている。
それを解消するための発信をし続けるし、生きているうちに無くしたい。

労働者としても差別があるし、フリーランスや起業したって差別はあった。
発達障害の人は、やりたいことをやっていく上で多くの障害がある。
もちろん家庭生活や子育て、趣味活動においても差別がある。

そして、その障害が何なのかを明確にすらできていない。
『自分が悪い』という捉え方をしていて、再挑戦する気にすらなれない。

発達障害に深く関わってきた俺は、『自分が悪い』とは思わなくなった。
なので、今回ビジネスでうまくいかなかった部分は多々あり、
結果として重労働に従事することにはなったが、自分が悪いとは思っていない。

こう書くと、人のせいにしてる、みたいに捉えられてしまうかもしれないけど、
そういうわけではない。
差別については天災というよりは『人災』っぽいが、特定の誰かが悪いわけでもない。
みんな知らないだけで(言葉として知っているだけの状態の人もいる)、
本当に発達障害が広くあまねく理解されればこういった人災によって
当事者が脅かされることはなくなる。

地震や台風なんかの被害も、人々の努力によって昔に比べて大いに抑えられているように
知らぬが故の差別、という人災も必ず努力によって小さくなっていく。

そのためには、気づいた人間がやらなければいけない。
気づいているのに、自分のことで精一杯で放置したら後々の世にまで
延々と被害が及び続けていく。

黒人解放や奴隷廃止の時代の人たちも、自分自身が差別を受け、被害を被りながら
声を上げ続けたはず。
彼らが従順に生きやすい方へ流れていたとしたら、まだ差別は顕著にあったはずだ。

工事現場で週5〜6で勤務しながらの更新にはなるかもしれないけど、
同じくビジネスとしてやっていくかどうかもわからないし、
別の形での再出発になるかもしれない。
でも諦めず、発信を続けていこうと思う。

全然更新してなかったら発破をかけてほしい。

長くなったけど、近況報告まで。