発達障害のある人は『あいさつすべきタイミング』がよく分からない??

どうもNEIです。 最近謎にマンガ家を目指して活動しておりまして、ブログの更新が滞り気味で恐縮です。そんなこのブログなんですが、サーチエンジンからは毎日200~300のアクセスを頂いております。やはりブログというのは一つの資産なんだなぁと実感しております今日この頃です。 最近その中でも検索ワードで多いのが「ハンドルネーム」ですね。以前、ハンドルネームについての記事を書かせてもらったのが結構上位にヒットしているようです。 ハンドルネームって面白いですよね。僕は昔格闘ゲームをしてたんですがストリートファイター3rdというゲームのプレイヤーに「厳密神(げんみつしん)」という人がいて、このハンドルネームが未だに忘れられないんですよね。 カプコンさんより 格闘ゲームでは、スキを見せると即座にボコボコにされます。スキのデカい、大ぶりなワザを振ってしまうことを「甘え(あまえ)」と言うんですがその甘えを“厳密に咎める”という意味でおそらく「厳密神」という名前をつけているのかなと思うんですが、 その「甘えを厳密に咎める」という格闘ゲーム独自のやり取りに僕は「愛」を感じるんですよね。 たかが格闘ゲームですが、されど格闘ゲームです。高レベルの闘いには、もはやコミュニケーションの真髄とも言えるような美しさがあるのです。 私たち発達障害傾向のある人間は、コミュニケーションでの甘い行動=甘えを誰にも咎めてもらえずに成人になっていってしまいます。「なんかアイツ変だな。関わらないでおこう・・」という風に、私たちの独特なコミュニケーションというのは、正してもらえないのです。よき友人が周りにいれば、『そんなことを言ったら、相手は傷つくんだぜ?」と優しく諭してくれるかもしれません。 しかし、学校でも職場でも、あまりに浮いてしまうような特異なコミュニケーションをしてしまう人の周りからは、ササーっと人が離れていってしまうわけです。それゆえに私たちは自分のコミュニケーションを磨くことが非常に困難となるわけです。コミュニケーションのおかしさに対するフィードバック不足によって、コミュニケーション障害とも言える状況に追い込まれざるを得ないわけです。 「愛をもって、厳密に咎めてくれる人がいたなら・・・」 『厳密神』のプレイを見ていると、そんなことを思わずにはいられないのです。   やってしまうと間違いなく死ぬ「昇竜拳」の空振り   発達障害の人の「あいさつ」へのニガテさについて   さて、今日は自閉症をはじめとする発達障害の人の持つ特異なコミュニケーションのひとつであると私が勝手に思っていることに触れていきます。そう、「あいさつ」についてです。 個人差は大いにあるかもしれませんが、「あいさつ」って僕は苦手なんですが、どうでしょうか?意味わからなくないですか、あいさつって。『あいさつは人として最低限おさえておくべきだ』みたいなのって、理由教えてもらえませんよね。暴論じゃないですかそんなの。「あいさつはコミュニケーションの基礎の基礎だ」みたいなことを語られても、私はその理由を問い詰めたくなるわけです。「良いものだから、良いモノなんだ!」というのは理由になっていないんです。 辞書で、例えば「ニンゲン」と調べて、「ニンゲンのこと。」と書かれていたら「ハァ?!」ってなるじゃないですか。そんなレベルで意味がわからないのです。 そもそも、今の時代におけるあいさつというのは、昔の時代とは少し毛色がちがってきています。それはインターネットでのコミュニケーションが非常に多くなってきたからです。   インターネットやスマホの普及によるあいさつの変化 あいさつの書き置き ちかごろ、インターネットやスマホ、交通手段の進化によって、「あいさつ」の仕方が難しくなってきていると感じます。軽く例をあげてみると、   ・LINEでのメッセージのやり取りが増えてきました。夜中寝る前に送ったメッセージが、次の日の朝、相手が起きてから見ることもありますよね。 ・YouTubeの動画を公開したときには、それを朝見る人もいれば、夜見る人もいます。 ・FacebookやTwitterのタイムラインもガーーーっと遡って見るわけですが、その投稿がアップされた時間と、誰かがそれを見る時間は別々です。 ・最近では、日本だけでなくアメリカやブラジルや、ヨーロッパ、アフリカなどなど外国に住んでいる友人や知り合いと電話することもありますよね。   上記のような状況は、10年前20年前と比べて、格段に増えてきているはずです。ネットやスマホ、海外へ行くことが増えた今、コミュニケーションにおいて自分と相手の時間の軸がズレることが多いということです。 従来のあいさつでは朝は「おはようGood...
6月 28, 20180 DownloadsDownload