おはようございます。NEIことゔぁなをこと脇田です。

寒いっちゃ寒いんですが、僕の場合はその年によって寒さに弱い年と寒さに強い年があったりします。

今年はまず間違いなく後者だなと、手の温かさを感じてみるにそう感じます。

今回の記事では、発達障害の人が受けているが誰も言葉に出しては言わない差別について語りたいなと思ってます。

被雇用者か国保か。

この2つのポジション?ステータス?属性?なんて言ったら良いのかよくわからないですけど・・・が、線引きとなって

私たちは現在進行形で差別されております

働いているかどうか?というわけではないのです。

働いていようがいまいが、『あなたは雇用されているのか?』

っていうことが重要なんです。

この「働いてる」と、「雇用されてる」のちがいっていうのが今回一番重要なポイント・・・

かつ、

このブログで取り上げてきた中でも新しく出てきた話なんで細かくしつこく説明させてもらいます。

ひとり雇用したということになれば、その雇用したと主張する対象者が週に何十時間以上働いているだとかそういうことを証明する必要があります。

“必要があります”

って言いましたが、厳密には必須の手続きというわけではありません。

では何のために必要なのか?といえば、

国から補助金をもらうためです。

ここが非常に重要なんですが、企業は『雇用する度に補助金をもらえる』ということです。

そして雇用していることを証明するためにタイムカードやら何やらを雇用した人に押させ、その記録を国に申請書類として提出しているわけです。

で、雇用しているということにして十分な補助金を国からもらうためにはその人が週に20〜30時間以上くらいは働いていないといけません。

もうこの辺で勘の良い読者であれば僕の言いたいことがわかると思うんですが

発達障害の人はそういうまとまった時間働く

っていう形式が苦手です。

発達の人たちみんな、「働けない」とか言って辞めちゃったり鬱になったりとかしてますけど、それって

『まとまった時間で働いてたから』

だったりするんですよ。

つまり、

雇用されている人(=被雇用者)としては不適合だった・・・

というわけです。

ここで、「いや何それ??」って思いませんか。

「被雇用者?何それ美味しいの?」って思いませんか。

だって、ちょっとくらいだったら働けるじゃないですか。流石に。

週2回くらいなら仕事行けるって人もいるでしょうし、

週5回でも1日に3時間くらいならまぁ行けるわって人もいるでしょう。

でも、それだと被雇用者になれないんですよ。

被雇用者になれないと、企業はあなたを雇ったことにならない

あなたを雇ったことにならないと、補助金をもらえない

あなたに働いてもらっても、他の被雇用者になれる人に働いてもらううまみに比べたらほぼ意味がない・・・。

で、被雇用者になれない人たちはどうなっていますか?

障害者枠(オープン)就労して、安い賃金で誰でもできるような雑事をさせられていたり

傷病手当や失業保険が切れることに戦々恐々としながらアルバイトを探し、採用されても6ヶ月以内にほとんど辞めたり

就労移行支援という謎の施設に入れられて、役に立たないソーシャルスキルとかいう茶番をやらされたり、

普通に入退院を繰り返していたり、

生活保護を受けることになったり。

別に上のような人たちを批判したいわけでもこき下ろしたいわけでもなく(僕は上のような人たちよりも遥かに下の存在だと自負しております)、『おかしいだろ』っていうことが言いたいために一旦これらの人たちを貶める形になってしまったということですので該当された方はご容赦ください。

いや、本当に。おかしくないですか?

働こうと思ったらちょっとくらいは働けるのに。

お国から、企業から、社会から「働くな」と釘を刺されているんですよ。

それは一体何のため?

働いている人たちの洗脳のためです。

洗脳とか言うと、なんか自分の信頼度を著しく下げる感じがしますけど、まあそれも辞さない覚悟であえて「洗脳」という言葉を使います。

江戸時代には「士農工商」なんていう身分制度がありました。

身分制度なんて過去の話で今はみんな平等だヒャッホイ!とか思っているなんてことはもはやないだろうと信じたいところですが、

「士農工商」なんてわかりやすいものは流石にないです。

でもね・・

「被雇用者or国保」っていうのが現代日本にもあるんですよ。

被雇用者たちは大変です。週に5日、朝から晩まで一生懸命働かなくてはいけない。しかも税金もごっそり持っていかれる。

正常な精神ではやってられませんよ。

だから、こき下ろす相手がいるんですね。スケープゴート的なやつです。

それが国保の人たちだったり、生活保護の人だったりするんです。

つまり、『まとまった時間、人の言うことを従順に聞き入れて自分の大切な時間を提供できない人たち』を馬鹿にするのです。

そうやって自分たちの異常さを保っているのです。

そうでもしないと一瞬にして崩れてしまう。働く人がいなくなってしまう。

だって、あまりにも馬鹿らしいから。

今回は以上です。

お読みいただきありがとうございました。