『発達障害だからしんどい』という勘違い

「幼児〜小学生2・3年生の頃は、暴れまくっていたらしいです」

「小さい頃は、周りの状況がよくわからずぼーっとして何考えてるか
わからない子だったみたいです」

というような話を当事者から、よく聞きます。

彼らは小学校高学年、中学あたりで周りからの圧力を受けます。

「お前って、変だよな」

「アイツおかしいから近寄らない方がいいよ」

いろんなことを言われたり、からかわれたり、嫌な思いをします。

最後には親などの近しい人からも

「もっと普通に振る舞えないのか?」

「お前をそんなふうに産んだ(育てた)覚えはない」

なんて言われちゃったりもします。

思春期には、好きな人からフラれたりもするかもしれません。

自分より社会的に認められたコミュ力の高い人に、

好きな人を奪われちゃったりもするかもしれません。

そして、他人や家族、友達、恋人あらゆる人から攻撃され
最終的にはなんと他でもない自分自身から疑問が湧いてきます。

「私っておかしいのかな?」

という疑問が。

そして、その結果自分自身を変えようともがき始めます。

自分を自分で、自分なりに矯正していくことになるんです。

左利きの人が右利きに矯正するように。

矯正のし方は、誰も教えてくれません。

周りはただ「人たるもの、こうあるべきだ」

ということだけを突きつけてきます。

私たちは見よう見まねで健常者の

振る舞い・言動・関わり方・生き方まで

模写します。

全身でそれらを表現します。

「生まれ持っての俳優」とすら言えるかもしれません・・。

そうやってギリギリ社会に紛れ込んだ私たちは、

社会人として色々と背負っていきます。

社員としての責任、経済面での責任。

さらに、他人を演じてばかりいるうちに自分のやりたいことは
忘れていってしまいます。

「あれ、私って何が好きなんだっけ?」

気づけば、時間の使い方は『依存』『中毒』の2択。
一人ではもう、過ごせない。

時間の、休みの、過ごし方がわからない。

すると当たり前ですがストレスが積もり積もっていきます。

鬱になるかもしれないし、会社も休職・退職に追い込まれるかもしれない。

その時あなたは告げられます。

「発達障害です」と。

そしてこう思います。

「ああ、自分は違っていて当たり前だったのか」

「他にも、自分みたいな人はいたのか」

ほっと安心する人たちが多いのは、

一、「自分はなぜ辛いのか?」がわからないことと

二、「自分は普通に振る舞えて当たり前だ」

と思っていたからです。

「一」の『なぜ自分が苦しいのかわからない』

というようなことは生きていればまぁたくさんあります。

いつもどんな時も、
悩み苦しみの原因が与えられている

なんてことはまずもってないからです。

その謎多き原因に立ち向かい、乗り越えていく過程こそが人生・・・
と言っても過言ではないでしょう。

ここでより辛いのは「二」の方です。

「自分は普通でいて当たり前」

こんなふうに思っていると、自分を偽らなければならなくなります。

嘘ついたことがある人はわかるでしょう。

嘘にはさらに嘘の上塗りが必要です。

自分を偽ることで、さらにまた偽るようになっていきキリがなくなる。

気づいたら周りには「偽りの自分」しか知らない連中しかいなくなる。

そうこうしてる内に自分自身すら、「本当の自分」を忘れてしまうんです。

会社が終わっても、学校が終わっても仮面を外せない。

他人の仮面を被ったままストレス解消なんてできますか?

「健常者っぽい趣味を持とう」とかみたいなことをしてたら、

当然不可能ですよね。

つまり、自分自身のありのままでいられないことはとても辛いんです。

ではなぜ、私たちはありのままではいられないのでしょうか。

社会によって矯正されてきたからですよね。

発達障害と診断されたり、疑われたりする人は

「発達障害だからしんどい」というわけではなく

自分を矯正しなければならないことがしんどいんです。

でも多くの発達障害の人たちはまだ自分を矯正しようとしています。

『発達障害者が社会に戻るためにはどういう訓練を受けるべきか?』

みたいなことを目指して進んでいます。

自分を矯正して苦しんできたのに、なぜまだ矯正するんでしょうか?

目指すべきは、

自分を矯正せずに社会と付き合うこと

なのではないでしょうか。

これを可能とするのがコミュニケーションです。

私たちが最も苦手とするものですね(笑)。

ここで初めて、発達障害とはなんぞや?という学問が必要となります。

なぜなら、

発達障害者と健常者の違いを知らずにコミュニケーションを取ることができないからです。

つまり今回言いたいのは

発達障害だから苦しんでいるとか、
発達障害だからしんどい

というのは誤りで

自分を矯正しなければならなかったからしんどかったのだ。

それを発達障害というものを知り、健常者を知ることで

矯正せずに社会と付き合える方法を模索しよう

これをまとめると「発達障害は原因じゃなくてツールだ」ということですね。

ツール(道具)をうまく使って、

私たちは自分を矯正せずにこの社会という荒波を共に乗り越えていきましょう。

今回は以上です。