どうも、ご無沙汰しております。NEIこと脇田です。

台風19号が日本に絶賛来訪中、ということで
「ブログを書くしかないじゃないか」
というめちゃめちゃシンプルな動機で今ワードプレスを起動させたわけですが、

今回は、
【お金を再定義する】というテーマです。
「なんで発達障害のブログでお金???」
という疑問を感じられた方、正常です。“システムオールグリーン”です。

理由はとても簡単です。

「みんなお金に困ってるから」
です。

やりたいことで生きていくぞー!よっしゃー!
と張り切って、意気揚々とスタートを切った人が
絶対にぶつかる壁。それが「お金」なのです。

よく引き寄せ系の発信で言われるのが
「お金を稼ぐことを悪だと思っていたら、お金は稼げない」
っていう考え方です。

僕も、そういう風に感じます。罪悪感を持って、
「この商品・サービスを買ってください」
とセールスなり宣伝なりすると、だいたい気持ち悪い感じになります。

人間っていうのは、小さな違和感に敏感です。

小さな違和感があると絶対にモノを買わないそうです。

その感覚がどこから来るのか、どんな理由で気持ち悪いのかまでは
わかっていなくとも、少しでも違和感があると、『購買』という
行動には至らないわけですね。

生きたい生き方をする上で当然、報酬を頂いて生きていく必要があります。
要するに、
お客さんとなる人たちが、僕たちに気持ちよくお金を払ってくれないと、
僕らは好きなことで生きていくことができないんです。

じゃあ絶対、お金を稼ぐことが悪だとか、下賎な行為だとか、
金の亡者だとか、そんな捉え方をしていてはいけないですよね。

お客さんもお金を払って、商品・サービスを購入して満足。
自分も好きなことをして、報酬をもらえて満足。

というWIN-WINの関係になれなければいけません。
お金をもらった僕らだけが嬉しい・・・WIN-LOSEでもダメですし
安く買えてお得だったとお客さんだけが喜んで、
僕らが全然生きていけない・・・LOSE-WINでもダメです。

なので、発達障害の人たちが自分の本来の姿で生きていくというゴール達成のために
お金を稼ぐという大きなハードルについて、
悪ではないということを再解釈する必要がある。

なので、台風がやってきたこのタイミングで、時間をとって
お金を再解釈する助けとなるような記事をしたためることにしました。

資本主義=悪という魔のトラップ

「お金を悪だと捉えていたらお金は入ってこない」

それはまぁもしかしたらそうなんかもしれんけど・・・
でもお金ってやっぱり汚いイメージしかないよ・・・

こんな風にかつての僕は思っていました。
この1つの原因として、資本主義っていうものに良いイメージを
持っていないことがあったりします。

『格差社会』

がよく政治の批判なんかで叫ばれていますよね。

資産1億円以上の人は20人に1人くらいいるのに、
貧乏で、お金を稼げない人がたくさんいる。
生活保護は増え続ける一方・・・

そんな話をあちらこちらで聞きます。

そもそも、資本主義っていう構造が、
一人ひとりの競争を煽っているわけで

スーパーなんかは安さを競い合い、
その安さ競争に敗れた店はどんどん潰れていきます。

大手のイオンなんかが来て、弱小な商店街の八百屋さんや本屋さんなんかが
大打撃を受け、地元の商店街が、閑散としたシャッター街になってしまった・・・。

まさに弱肉強食。
金を稼げるものがさらにお金を稼ぐ、
格差が広がるばっかりのロクでもない世の中だ。

資本主義っていうのをこんな風に捉えてしまうような情報があふれています。

資本主義っていうのはなかなか難しいので、
この記事では簡単に『競争社会』と捉えますが、
漠然と資本主義を悪だと捉えてしまうような空気があるのではないでしょうか。

資本主義を悪だと捉えていたら、そもそも
お金を稼いでいくという行為そのものも悪だという風に捉えてしまうというもの。

これは、早々になんとかしなきゃいけません・・。

お金は人を不幸にしたか?

『資本主義なんて競争を煽って格差を広げるだけの、悪魔が広めた社会構造だ!』

という捉え方をまずやめましょう、
という主張をさせていただいたわけなんですけれども

じゃあどうやって考えればいいの?

って話ですよね。

僕自身、ここに死ぬほどつまづいたんです。

何回考えても資本主義がポジティブな感じで捉えられやしない。
下手したら共産主義に走りかねないくらいでした。

共産主義っていうのは、みんなが生産したモノを一旦政府が集めて
国民に分配する
っていう一見平等なシステムのことです。

でもソ連が共産主義を実践して崩壊しました。
理由は、一言で言うと、
『サボるヤツが出てきたから』
ですね。

最近は、ベーシックインカムみたいな考え方もよく聞きます。
最低限のお金はみんなで決めて、全員もらえるようにしよう。
その上でアートやら演劇やら、儲かりにくい仕事をしている人が
自分を発揮しやすいようにしていこうよ

っていう考え方です。
別に否定しませんが、サボる問題をどう解決していくのかは気になる所です。
ソ連の二の舞にならないか、そこが焦点になってくるでしょう。

ちょっと話が共産主義にそれましたね(笑)。

話を元に戻しましょう。

では、どうやって資本主義っていうのをポジティブに捉えればいいのか?
ということについて話していきましょう。

お金を再定義しよう

資本主義っていうのは、みんなで競争してよりお金を稼ぐ社会構造
みたいにだけ捉えていると、
お金自体が汚く見えてきて、いっぱい稼いでいる人を「金の亡者」
とみなしてしまったり、自分自身が稼いでいくことに対しても
罪悪感が生まれて、気持ちよく商品やサービスを売ることができない。

こういう感覚を払拭していきましょう。

そのためには、【お金を再定義する】ことが大切です。

つまり、「お金って何?」
ということを人に言われたまま理解するのではなく、
自分なりに考えることが必要なんですね。

そして、お金というものを再定義した結果、
気持ちよくポジティブなお金の捉え方ができれば
稼ぐことに罪悪感を覚えることもなくなります。

でも漠然と「お金って何やろ?」って考えても
紙幣やから、まぁ『紙』かな?
とかいう風になってしまって、
まぁ別に紙と捉えるのも良いんですが、
もっと深くお金を捉えていきたいので、
このブログでは、
お金を【相対的に】考えることをオススメします。

お金をどうやって捉え直せば良いか?

お金を相対的に考えることで、
お金についてより深く理解しよう。

という方向で進めていきたいんですが、
相対的に考えるという点を説明しておくと

お金っていうものはお金だけで存在していても何の役割も価値もないですよね。

人間が使って、初めてお金としての役割と価値を持ちます。

なので、お金というものは
『人間との関係性』
によって定義されるはずです。

ポイント

「お金」だけを考えても、深い理解は生まれない。

「お金」

「人間」
という関係性で考えよう。

これでいくと、2つの問いが生まれます
1つめは、「お金とは人間にとって何なのか?」
2つめは、「人間とはお金にとって何なのか?」

です。

問1「お金とは人間にとって何か?」

お金だけじゃなくて、
お金と人間の関係性で考えることでお金が理解できる。

では、早速考えていきたいんですが、

お金側と人間側、両方の立場に立って考える必要があります。

まず人間がお金を使うので、『人間にとってのお金』
が何なのかについて考えます。

人間にとって、お金が一体何なのかを知りたいので、
【人間がお金を使う時はどんなときか】を考えてみます。

お尻を拭いたり、暖をとるために紙幣を使うなんていう人は
流石にいないですよね(笑)。

貯金するため、でもないはずです。
貯金するのは、いずれお金を使うためであって
それ自体が目的ではないはず。

お金を使うのは、もちろん「売買する時」ですよね。
基本的に僕らは、
何かを買ったり、売ったりする時にお金を使っています。

では、
僕たちはどんなときに何かを買うのか?
というと、

何かが欲しいと思った時です。
何かが欲しいと思う、ときはどんなときでしょうか?

感情が動いた時です。

同じ「欲しい」でも、色々な感情がその根っこにあります。

「楽しくなりたい」
「不安や心配を消したい」
「怖さを紛らわせたい」
「腹が立つのを解消したい」
「愛を表現したい」
「頼りたい、すがりたい」・・・

他にもありますが、これらの感情が動いたときに
僕らはモノを買います。

そして、お金を払ってそのモノをゲットします。

では、この時、お金は人間に対して
どんな役割を担っているのか?

というと、お金は誰かから誰かの手に移るときに

『感情を伝える媒体』

になっているんですよね。

・お金を払う側は、
自分の感情をお金によって相手に伝えられます。
・お金を受け取る側は、
相手の感情をお金によって知ることができます。

モノが売買されるとき、お金が
「感情を伝える媒体」として
使われているということです。

まとめると、
人間にとってのお金とは
「感情を伝える媒体」
であると言えます。

問2「人間とはお金にとって何か?」

人間にとってのお金、は「感情を伝える媒体」であるとして
次に、
お金にとっての人間は何なのか?
という問いです。

お金って、モノだし人格があるわけじゃないんですが
仮にお金に人格のようなものがあって、
お金が人間に対し、望んでいることがあったとしたら、それは何か?

という風に考えてみます。最近流行りの「擬人化」というやつですね。

お金の望みがあったとして、それを直接お金に聞くわけにはいきません。
なんといっても、お金は喋りませんから。

なので、どう考えるかというと、お金には歴史があります。
この歴史を振り返ることでお金の望みを推測しましょう。

「お金にもしも望むことがあったとしたら、
お金は望んだように変わってきているはずだ」

という風に仮定します。

では太古の昔から現代まで、お金がどう変わってきたのかを見ていきます。
ここ、面倒臭がらないでくださいね。
みんなが面倒臭がってやらないからこそ、
こういうことをやると効果がすごく大きいんです。

(1)お金がなかった頃
お金がなかった頃は、僕らはどうやって売買していたんでしょうか。
そうです。
売買自体が存在しませんでした。

いわゆる「物々交換」の時代です。

(2)お金が生まれた頃
そして、お金が誕生しました。
誰にとっても価値があるモノ(=お金)を使うことで、
物々交換をよりスムーズに行えるようになりました。

この頃は、「金」が誰にとっても価値のあるもので、
お金は金と交換することができました。
お金が信用できない人は金と交換して持っていたわけです。

(3)お金の中盤以降
その後、お金がとても増えていきました。
大量に印刷され始めたんです。

そして、交換するための「金」が足りなくなり、
お金は金と交換できなくなりました。

この時代になると、お金は
売る側と買う側の人間両方からの「信用」で存在するようになりました。

ーーー
(1)〜(3)までを振り返って、お金の望みがあったとしたら、
一体それは何だと思いますか?

色々な考え方があるとは思いますが。

僕は、お金は「増えたい」んだろうと感じました。
もっともっとたくさん増えていきたい。
動物で言えば、繁殖していきたい、という感じでしょうかね。

なので、お金は『増えること』が目的であると考えられます。

増えることが目的だとすると、
お金側から見たら、
「増えるために、人間を利用している」とも見ることができますよね。

つまり、
お金にとって人間は、お金を増やしてくれる存在である

ということです。

もっと深く切り込むと、お金が増えるためには
人間がお金のことを信じている必要があります。

なぜなら、お金が増えていくためには、
交換できるモノが限られてしまっては、その物の量以上に増えることができないからです。

交換できるモノが必要ないほど、
お金自体が信じられる存在でなくてはならない。

お金はもっと増えたい。
お金は増えるために、もっと信じてもらいたい。
お金は人間にもっと信じてもらいたい。
よって、
人間はお金にとって、信じてくれる者

だということになります。

お金=○○

さて、相対的にお金を考えてきました。
①人間にとってのお金とは?
②お金にとっての人間とは?

という2つの問いを立てて、それぞれ
①「感情を伝える媒体」
②「信用してくれる者」
ということが分かりました。

この2つの答えを統合させてみたいと思います。

先に結論、というか僕自身が見出したお金の定義をお伝えします。

お金=手紙

です。

手紙には僕らの感情を書き込んで伝えることができます。
この手紙の特徴は①に当てはまります。

手紙は、文字などの情報しか書いていませんが、その差出人については
僕らは書かれていることを信用するしかありません。
この手紙の特徴は②に当てはまります。

「えー、そうかな?」
と思うかもしれません。もう少し「お金=手紙」
という定義について詳しく掘り下げましょうか。

お金=手紙だと考えて、最近のお金の進歩を見てみます。

これまでは国の発行している通過だけしかありませんでした。
そして、通過はそれぞれの国の信用に基づいて運用されてきました。

しかし、最近登場してきたのが「仮想通貨」です。

あっ、別に仮想通貨の口座開設のアフィリエイトではないので、
ご心配なく読み進めていただいて結構です(笑)。

ご存知かもしれませんが、
この仮想通貨の特徴は、
「ブロックチェーン」というシステムです。

ブロックチェーンは、
・お金が誰から誰の手に渡ったのか
・何に使用されたのか
などの情報をすべて持つことができる機能です。

つまり、通貨に、情報を書き込めるし、その情報を僕らが見ることができるんです。

お金が進化したい方向に進化しているんだとしたら、
やはりお金というものは、手紙に近い存在だと思いませんか。

お金には一体何を書き込めるのか?

お金が手紙、なのだとしたら、
人間はお金に何かを書き込んでいるんだと考えられますよね。

僕らはお金に一体何を書き込んでいるのか?
これは、
先ほども触れましたが「僕らの感情」です。

「楽しくなりたい」
「不安や心配を消したい」
「怖さを紛らわせたい」
「腹が立つのを解消したい」
「愛を表現したい」
「頼りたい、すがりたい」・・・

そんな感情を僕らはお金に書き込み、
お金はそれを誰かに伝える役目を担っている。

そして、今後、お金は僕らが書き込んだ感情を
すべて記憶していくようになっていくでしょう。

不安や心配の感情ばかり書き込まれたお金もあれば
好奇心や楽しい気分を書き込まれているお金もあれば
愛や祝福という感情を書き込まれたお金もある。

お金を受け取った人は、その書き込まれた感情を
すべて目を通すことができる。

お金=手紙
という定義をすると、こんな風に考えることができます。

僕らはお金をどう扱ってあげるべきなのか?

お金を再定義するために、
非常に多くの文字数を使ってお伝えしてきました。

その目的は、僕らが後ろめたさや罪悪感を覚えることなく
お金と向き合えるようになること。
そして、その先で僕らがやりたいこと、好きなことで
生きていくこと。そんな世の中を実現していくこと。

なわけですが、

お金=手紙

という僕なりの定義をさせてもらいました。

その上で、お金と一体どう向き合っていくべきなのか。

やっぱり
お金にとっても、人間にとっても
お互いに望む方向に進んでいくことが一番良いでしょう。

・僕らはお金を使って自分たちの感情を誰かに伝えたい。
・お金は僕らにもっと信用してもらいたい。増えていきたい。

この両方を満たすためのお金の使い方は、

愛や祝福、喜びの気持ちや誰かを助けたい気持ちを
お金に書き込んでいくこと

ではないでしょうか。

そして、
お金にポジティブで明るく、暖かい感情を書き込み続けていく。
そしてそれを受け取った人も同じ気持ちになることができる。

そんな世の中が実現したなら、
僕らはお金に感謝し、お金も喜び、世の中は平和で幸福になっていく。
そうすれば、お金が生まれ、進化してきた意味があるってなもんではないでしょうか。

今回は以上です。
お読みいただきありがとうございました。