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「障害者を見ると殴りたくなる」という人から考える障害受容

どうもNEIです。

うちは冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器がなんとなくないんですが、

今日昼に買って来たしらすから異臭がしました。そんな食べ物の保管という観点において著しく不利な夏も暦の上では終わりましたね。もう2018年を総括しつつありますね。いやマジで気づいたら正月になってますからね。年越しの準備は早めにしておきましょう。

しらすソフト

 

さてさて、まったく関係ないんですが今回は僕が施設で働いていたときのお話です。

 

多機能型施設とは?

僕は以前、
大阪のとある社会福祉法人にて発達障害の成人をサポートしてました。

そこは多機能型といわれる施設で、

重度心身障害のフロアや、

就労移行支援

相談支援就労継続支援

生活介護などなど。いろんなサポートを同じ屋根の下でやっていました。

ちなみに、僕は生活介護のフロアで働いておりました。「障害程度区分」という、障害の重さというか一緒に暮らす人たちのしんどさというか、そういうのを6段階で区分した指標が存在します。

僕がいたフロアは、大体区分3~6、平均5という非常に重い方たちをサポートしておりました。たしかに大変ですが、発達障害の重い人たちと付き合っているとその真っ直ぐさに元気をもらえますし、僕は彼ら彼女らがとても好きでした。ときどき腹の立つことももちろんありましたがw

今回はそっちは関係ないんですが、軽度の方がいる「就労継続B型」のフロアでの話です。

 

「俺は障害者を見ると殴りたくなるんや」

その利用者さんは、軽度知的障害と発達障害がありました。

施設ではその人が怒鳴り散らしている声がたびたび聞こえてきました。うちのフロアの臆病な利用者さんは彼を見ると歩くルートを警戒して非常に端っこに変更します。

よく彼の口から「障害者を見ると殴りたくなる」という言葉を耳にしました。僕らからすると自分も障害者なのに・・・と思うところですが、しかし彼は障害受容がまったくできていなかったんですね。

“自分はあいつら(他のフロアの重度や中度の利用者さんたち)とはちがう”

というのが彼の中で確固たるものとしてあったんでしょう。

 

障害受容に関して思うこと

「障害を受容することが、何につけても大切だ」

ということが相談支援なんかの現場では言われます。しかしながら、「自分は障害者だ」って認めることはある種のレッテルを貼られるのとなんら違いはありません。レッテル貼りというのは、誰かが特定の人に対して「あるグループの一員である」と認識する、ことだと思うんですが、ここでいうと「障害者」と一括りにされたグループに自分が属しているんだと認識すること、ですね。

人間はグループに属すことで生き延びてきた生き物なので、何かしらのグループには属そうとします。学校でいえば「部活」なんかですね。サッカー部に属したいのか将棋部に属したいのかというのを僕らは選ぶわけです。

しかしながら、「障害者」か「健常者」かというグループに関しては僕たちは自分で選ぶことができません。「健常者グループ」に入部届けを出せば健常者として扱われる、とかなら良いんですが、残念ながらそうではありません。

 

「障害受容」しやすい2パターン

そんな自分では選べない「障害受容」問題ですが、自分を障害者であると自覚しやすいパターンというのもザックリ分けると2つあります。

①会話の有無

まず一つめのパターンが「会話」の有無です。

「普通に会話ができる」彼が、会話がつたない他の利用者さんと自分が違うんだと捉えていたとしても不思議なことではありません。

見た目であったり会話の有無という表面的な特徴が発達障害の人にはかなり少ないです。重度であれば言語獲得の困難さ(自閉症の人が顕著でアスペルガーはそうでもない)が目に見えて明らかに出てくるので、たしかに分かるっちゃ分かるんですが軽度~グレーゾーンについてはもはや健常者とパッと見なんも変わらないんですよね。

②収入

あとは「働けているか」「お金を稼いでいるか」というモノサシもよく使われがちですよね。お金を稼いでいるかどうかっていうのは、すぐ目に見えてわかることなのでその人が社会的にどういうポジションにいる人なのかっていうのが把握しやすいですよね。

この両方、すなわち見た目のちがいや稼ぎの有無に関して障害者のグループと彼は明らかに違っていたわけなので彼の障害受容が困難だったことも納得がいきます。

 

障害受容6つのステップ

僕は、障害受容には6つのステップがあると考えています。

①社会一般の人たち(多数派)と自分のちがいに気づく(気づかされる)

②努力・工夫でなんとか多数派に近づこうとする

挫折する

④知識を得る

⑤障害者であることを受け入れる

⑥障害者の中でも自分のちがいに気づく

彼の場合は、②~④のあたりにいたんだと思います。それぞれのステップについてみていきましょう。

 

①社会一般の人たち(多数派)と自分のちがいに気づく(気づかされる)

これはそのままですね。発達障害の特性から来る周りとのちがいに気づくフェーズです。特に「ミスの異様な多さ」「アポの守れなさ(遅刻)」「忘れモノ」「不注意」「空気の読めなさ」あたりの悩みから気づくパターンが多いです。

ただ、僕のように社会に出ても器用にこなせたけど恋愛・結婚など密な付き合いになったときにモロに露呈するパターンもあります。

 

②努力・工夫でなんとか多数派に近づこうとする

このフェーズでは、「自分は言うても多数派なハズや!」「なんとか克服せな!」となって必死に社会の枠におさまるべく血の涙を流しながら努力・工夫します。このフェーズは③~⑤に進んだ後も、たびたび訪れがちだったりします。

ここでの努力や工夫は決して無駄になるわけではありません、というのも付け足しておきます。その後自分の厚みとして大いにサポートしてくれるスキルたちをゲットできるでしょう。

 

③挫折する

余裕で挫折します。「努力や工夫が足りないのかもしれない」と信じてもうちょい頑張る人もいます。二次障害になりがちなので気をつけたいフェーズです。

学校はクリア、社会に出てからもクリア、恋愛・結婚・子育てもなんとかクリアと進んでいったとしても、「自己実現」においては恐らくクリアできません。なんだよお得意の哲学か?と思われたら嫌なので特に掘り下げませんが。てか哲学とかめっちゃ大事やと思うんですけどね。特にこれからの自由選択時代においては。

 

④知識を得る

「発達障害」というものをネットなりテレビなり本なりから情報として知るフェーズです。これがなければ受容もへったくれもありません。だって知らないんだから。

昔の時代は発達障害は知られていなかったので、全ての発達障害の人たちは障害受容などできなかったんです。この時代に生まれた幸せを思わずにいられようかという感じです。すべては先人の血のにじむような努力のおかげといえるでしょう。

 

⑤障害者であることを受け入れる

やっと受け入れるフェーズですね。僕のまわりのデータでしかないですが、受け入れた瞬間、出会いが増えがちです。

②⇒③⇒④⇒また②というパターンももちろんあります。知的に高機能かつ器用な人ほど②に戻りやすいです。これまでなんとかなってきたからこそ諦めがつかないわけです。でもそれも無意味ではありませんしつこいですが。

 

⑥障害者の中でも自分のちがいに気づく

サッカー部に属していたって自分が「サッカー」ではないわけです。生活の一部にサッカーしてる時間があるだけの人です。これと同様に

発達障害と気づいて受け入れたとしても自分が「発達障害」の化身とかではないわけです。様々ある特徴の一部が発達障害の特性に類似しているだけです。発達障害っぽいところもそうでないところもあったはずです。それを思い出すフェーズです。当たり前ながら人間は一人ひとりちがいます。「みんなちがってみんないい」という言葉はあんまり好きじゃないですけど、「ふつうにみんなちがうやん」って感じです。

 

なぜ彼は障害者を殴りたかったのか?

見た目にも、健常者となんら変わらず自分で稼いでもいた彼にとって、

先ほどの6つのステップでいうと⑤に行くことはなかなか困難です。

社会のモノサシを刷り込まれていればいるほどそれは困難になってきます。外見・お金・彼女いるか・学歴。そういったモノサシで自分をはかり続ける限りは自分と健常者のちがいがわかりにくいんですね。

彼が障害者と区別して殴りたがっていた人たち。それは否定したい自分自身ではないでしょうか。彼は自分の否定したい一部を殴りたかったんでしょう。黒人を差別している人たちの一部は実は黒人だったりします。社会的に不遇な人たちをいじめているのは、社会的にそれよりはマシだけど、しかし不遇な人たちだったりします。そうやって私たちは自分を保っているわけです。

私たちが一人ひとりをみんなとちがう人間だと気づき、そう振る舞えるようになれば結構な数の社会問題は解決するんじゃないかと思わざるを得ません。

 

 

今回の記事は「自分で自分の所属するグループは選べない」という前提で述べてきたんですが、それは他人に認められるグループであって、

自分がどのグループに所属しているのかっていうのは僕は自分で選べるというか自分で決めてよいものだと思っています。実際にその人たちと絡むかどうかは別として。

まあそのあたりについては主張色の覇気が強いのでメルマガの方でまた語りたいと思います。

 

今回は以上です。お読みいただきありがとうございました。

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