どうも脇田です。

今回から突如始まりましたこの「当事者の生の声シリーズ」なんですが、前々からずっと、当事者の状況っていうのを世の中に伝えるべきだと僕は思っていまして、

でも、当事者たちは僕みたいにブログとか自分のメディアを持って育てていくっていうことを専門的に学んでるわけではないのでなかなか届かないんですね。僕のブログもまぁ余裕で大したことはないアクセス数なんですけども、
それでもまあ『今から始める』みたいな人たちよりは断然多くの人に届けられると思います。

なので、このブログを使って、自身の体験談を書いていただけませんか?と募集をかけましたところ、快く快諾してくれた方が結構いましたので早速シリーズ化してお届けしていこうと思います。

今回は『ただ、こんな人たちもいるんだ、ということを知ってもらうことが目的』なので、僕は、一切私見を挟みません
リアルな声がより広く、多くの人に届きますように。


ASDの子育て体験談

ハンドルネーム Coo

エッセイ漫画に「生きづらいと思ったら親子で発達障害でした」というのがあります。私の場合も同じように、親子でASDと思われます。この漫画の子供達はまだ小さいようですが、私の子供はもう成人しています。そうして今でも二人とも生きづらいです。

私の子育て中はまだ発達障害という発想が一般的でなかったので、ずっと性格の問題として考えていました。少し変わっているところがあっても、周囲となんとかやっていける、そういう人間になって欲しいと思って育てました。他の人の参考になるかどうか分かりませんが、この体験談を一つの例として読んでください。

1 誕生から乳幼児期

ASDのグレーゾーンの人間が母親になって、どういう子育てをしたか、そして、息子は成人してからASDと診断されるのですが、グレーゾーンの母親に育てられてどうなったか、という視点で振り返ってみたいと思います。当時は発達障害という自覚は全然ありませんでした。

息子が生まれた頃、私のASDの特性らしいものが早速出たと思われることがあります。当時は6人部屋が普通にありました。
息子は生まれてから暫く別の病室で治療をしていて、すぐには私のいる部屋に来なかったのです。同じ部屋のお母さんたちの横には、それぞれ赤ちゃんがいたので、私は仲間に入れない、と感じていました。そしていつもベッドのまわりのカーテンを閉めていました。このことは、一人だけ赤ちゃんがそばにいない状況からくる自然なことなのか、私がASDであることからくる周囲の人に心を開きにくい特性なのか、分かりませんが両方だと思います。
そのうち看護婦さんに「カーテンはいつも開けておいて下さい」と言われてしまいました。しばらくして息子が私の元に戻り、カーテンを開けるようにしました。そして同室のお母さんたちとも仲良くなれました。

なぜこのエピソードを紹介したかというと,その頃気付かなかった私のASDの特性が、今振り返ると、カーテンを閉めていた、というところに表れていたなあと思ったからです。それでも、その後他の人と話すようになったというところは、それ程極端なものではなかったと言いたかったのです。こういう育て方が息子の成長にどう影響したのか、分からないんですけどね。

退院して実家から遠い自宅に戻り、ほぼ私一人での子育てが始まりました。当時は公園デビューなどと言う言葉はありませんでした。近くの公園にも母子が何組か来ていましたが、適度に仲良くして無難にやっていて、母子で孤立してしているとは感じていませんでした。

2 幼稚園時代

息子は最初の頃、幼稚園へ行くのを嫌がって泣きました。それもしばらくすると、なんとか行くようになったので、私は息子のことを特に普通と違うとは思いませんでした。
その地域では、習い事としてスイミングに行くのが流行だったのですが、私達夫婦は特に必要ないと思い、通わせませんでした。担任の先生は、皆がスイミングに行っているのでプールで遅れています、とか言ってましたが、私達両親は、なんで幼稚園のプールでそこまで頑張らせるの?水遊びが楽しければいいじゃない?と思っていました。
本人がスイミングをやりたいと言えば喜んでやらせたと思いますが、まだ意思がはっきりしない年齢だったので、親の方針で特にスイミングは必要ないとしてやらせませんでした。今は、他の子と同じようにスイミングに通わせたほうが良かったかな、と時々思ったりします。

3 小学校時代

息子は低学年のうちは、よく熱を出したりして欠席が多い子でした。やや大人しいものの、短距離走は早かったし、勉強もまあまあで問題のない児童だったと思います。担任の先生によっては「何を考えているか分からない」という人がいましたが、母親としては、「子供とはいえ、人の考えていることが、そう簡単に分かるわけないでしょ」と思っていました。やっぱりヘソ曲がりの母親でしたよね。

その頃、私はある仕事を始めました。本当は息子のためだったのです。私自身がコミュニケーション下手だったので、息子には小さい頃から人付き合いに慣れて欲しいと思いました。英語の塾のようなもので、私は先生のような立場、息子は生徒の立場で他の生徒とともに英語をやって、中学生くらいでホームステイに行くのです。「英語は勉強ではない、人との交流が基本である」というのがその塾の方針で、夏には毎年キャンプに行き、40人くらいのグループで寝泊まりして英語劇を作るんです。息子もその頃は特に嫌とは言わなかったので、きっと彼のためになると思ってその英語塾を二人で続けました。

4 中学校時代

生徒は運動部にはいるのが奨励されたので、私は息子にどこかの運動部に入ってほしいと思いました。しかし、息子自身と夫が、無理に運動部にはいる必要はないと主張し、息子は科学部に入りました。息子はここも好きになれなかったようです。
それなら、というわけではありませんが、ホームステイに行っておいでと、息子本人は乗り気ではなかったようですが、中2の夏に一ヶ月、アメリカのコロラド州に送り出しました。ステイ先では、朝なかなか起きられない、いつも眠いという状態だったらしく、ホストマザーが心配してたびたび私にメールをくれました。今思うと、申し訳ないことをしてしまいました。

息子はこの頃ギターを始めて、中学の友人とグループを作って活動していました。これは、本人にとっても親にとっても、とても良かったと思います。

5 高校時代

高校は 進学校にはいりました。ここでも運動部にはいることが奨励されたのですが、すっかり運動嫌いになっていた息子は軽音楽部に入りました。この部活は結構楽しんでいたようです。
高校では、野球部の試合を皆で応援に行くという行事がありました。野球に興味のない息子は、みんながなんであんなに夢中になって応援するのか分からない、と言っていました。この頃、息子が夜眠れないので精神科を受診したいと言ったので、私は息子を総合病院の精神科に連れて行きました。今思うとクラスで浮いていて居場所が無かったのではないかと思います。不登校にはならなかったので、私はこの不眠も重く考えなかったのですが、もっと原因を追及したら彼がASDであることが早くわかって、何か手を打てたかもしれません。

6 大学時代

息子は横浜のアパートに住みました。私もたびたびそのアパートへ遊びに行きました。学生の多いアパートでしたが、アパートに友人はいないということでした。大学では音楽をサークルでやれて、全くの孤独ではなかったようです。理系だったので大学院まで行きました。彼はひとり暮らしでよく頑張ったと思います。

就職は苦労したようですが、息子はなんとかある会社にはいりました。しかし、この会社は息子に合わなかったようです。2年ほどで、今の会社に転職しました。そこは合っているようで、本人は満足して勤めているようです。

このように書くと、何の問題も無いようですが、全然違うのです。最近になって、ホームステイなんか行きたくなかった、お母さんが無理矢理させた、何故もっと色々なことをやらせてくれなかったのか?アスペルガーは特別な才能を持っていて、コンピューターをやらせてくれてたらビルゲイツになっていたかも知れないのに、お母さんが英語とかキャンプとか無駄なことばかりさせて、僕の才能を育てることをしなかった、と言います。私達のやっていた英語塾が、外交的であることを重要視したために、彼の自己評価はずっと低かった、自信が持てなかったと彼はいいます。そのことで、職場でも異性とでも自信が持てず、生きづらい。彼の言うことを私が表現するとこんな感じになります。
ASDの特性として自分の気持ちがはっきり分からない、というものがあるらしいですね。彼は、漠然と嫌だなあと感じていたけれど、ハッキリ言葉にして拒否するところまで行っていなかったのでしょう。私としては、彼が他にやりたいものがあれば応援するのに、何をやってもつまらなそうだな、と思っていました。

私自身は外交的な人だけが良いとは思っていなかったし、分かりやすく英語塾と呼んでいますが、その団体も多様性を大事にしていたので、息子が周りと違うことで、そんなに自信を持てなくなるとは思ってもいませんでした。発達障害を意識していたら、別の方法を考えたかも知れません。性格の問題と思ったので、慣れと経験で人と上手くやれるようになると思ったのです。しかし裏目に出たようです。私は、今までで一番辛い日々を送っています。自分の子供を自分のせいで、不幸にしてしまったかも知れないのですから。

でも済んだことは済んだこと。まだ若いのだから、これから希望を持って生きて欲しいと願っています。


以上です。ぜひ感想などがあれば、ツイッターでもご意見ご感想箱からでも構いませんのでお送りいただけましたら執筆者に責任をもってお届けさせてもらいます。


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