テレビ見ていると、こういうテーマは割とよく扱われますよね。
特に夏とか。

で、やっぱり発達障害の人のこういうオカルト現象(と括ります)に対する反応はパカっと2手に分かれます。

めちゃくちゃ信じて「やばいやばい」となってる人か
「絶対ない」と割とムキになって否定するか。

これらのオカルト現象に対する捉え方というのはどちらも、結構問題を孕んでいるんですね。
一体どういう問題なのかについて今回は話して行きたいと思います。

エンターテインメントという土台を無視してしまう

まず、『テレビというのはショー(見世物)である』という前提です。

この前提の上に出演者にしろ演出にしろ、意識しながら番組は進行していきます。

番組を作っていく側からしたら「どっちなんだろう?」というハラハラした気持ちを最後の最後まで引っ張って行きつつ「結局どうなのか?」という締めくくりに持っていくはずです。

最後まで見て欲しければ、必ずそうするはずなんですね。

しかし、発達障害の人たちはこの番組側の立場をイメージすることができません(程度問題ではありますが)。

健常な視聴者であれば、この前提は踏まえた上で番組を見ていますから、「どっちだろう??」と思わせる進行になるのも半ば理解しつつ楽しめます。

例えば、

プロレスなんかだと“ものすごく一方的な展開にはならないだろう”という前提で観戦しているものです。

「おいヤラセじゃないか!」とは普通の人は、怒らないわけです。
あんまりにもヤラセっぽい感じになった場合には「あからさまにヤラセすぎて、エンターテイメントとしてハラハラできないじゃないか!」と怒り出すことはあるかもしれませんが。

これと同様にあまりにも「UFOなど存在しない」側に寄りすぎたり「UFOは絶対いる」側に寄りすぎたり・・・という両極端なパターンはほぼ番組などでは起こり得ない、ということです。

「まず存在しない」という前提を無視してしまう

なんか夢を破壊してしまうというか、
健常者にとっては
「脇田はどんだけ無粋で野暮な野郎なんだ」
と思われるだろうということを承知の上で書いていきますが、

残念なことですが、
上記のエンターテインメントというのは
「存在しない」が前提でなければ成り立たないのです。

「存在するかも」とみんな思ってたら、「何を今更・・・」みたいな感じになって面白くないはずです。
「存在しない」前提だからこそ「存在する派の腕の見せ所」ができてきます。いかにリアリティや合理性をもってストーリーを組み立てるか??
これは

魔法が存在しない前提で『マジック』を魔法に見せかけるマジシャン

と似ています。

魔法があるかも・・・という世界で『マジック』なんて流行らないはずなんです。

オカルト番組によって人生をめちゃくちゃにされる発達障害者

今あげた二つの前提を踏まえずに番組や雑誌を見ている発達障害の人たちは一体どうなるのか?というと、

まじでどっちかわかんない・・・と真剣に悩み、

それだけならまだしもどちらかに0 or 100で振り切ってしまう

ということをやってしまいがちなのです。

それは下手をすると

人生の大事な場面でおかしな選択をしてしまう原因になったりもするのです。

具体的には、

幽霊やUFOがいるのだから、みんなが前提にしていることも本当かどうか分からない。だったら今を楽しむために自分の心と体が喜ぶ道を選ぼう!』

とかそういう感じ。

今の時期であれば、

『陰謀とかももしかしたらあるかもしれないのだから、コロナのワクチンは絶対に打たないし打たせない』

とかいう判断の基準をオカルト番組等によって持たされてしまいかねません。

【まとめ】エンターテインメントにも差別ははびこっている

前提をみんなで共有できるはずだという共通認識の下に
これらのオカルト番組や特集を組んでいるわけですが、
それは発達障害の人たちの物事の捉え方を無視してしまっています。

その結果、下手すると人生に支障をきたす人がいるということを関係者に僕は知ってほしいと切に願います。

番組をやるなということではありません。
僕もこういった余興は楽しいものだという認識ももちろんありますし
この世からなくせとは思っていません。

ただ、何かしら配慮を施して欲しいということです。

番組の終わりに小さくテロップを入れるとかでも構いません。
信じやすかったり、不安を感じやすかったり、前提を把握できない人のために
何かしら一考してもらいたい。
それがエンターテインメントを作る人たちの責任だと考えます。