どうも脇田です。今回はものすごく思想が強いブログです。発達障害についてばかり書き続けているとだんだんモチベが下がってくるので、時々、こういう妄言とも似た思想を書いて、エネルギーをチャージしないと続けられないんですよね。

もう改行とかも雑に、装飾もほぼせずにただ書きたいことを書きたいだけ書こうかなと思ってます。

僕がこれから発達障害の業界に、というか、人類に必要だと思うことを書きます。それが何なのかといえば、すでに古の人物が言っていました。聖徳太子です。

『和をもってたっとしとなす』

という、いわば日本人の心を現した、日本の方針・モットー・羅針盤みたいな文言になります。

アメリカは正義(ジャスティス)開拓者精神(フロンティア)、フランスは自由(フランス革命)とか、そういう各国に貫かれる精神のようなものが存在しています。それの日本バージョンが『尊和精神』(長すぎるんで略しました)みたいな感じです。

和とは何か?っていうの、すごく重要だし、すごく難しいんですが、僕は和というのは「許す」/「水に流す」っていうニュアンスだと捉えています。

海外の内紛や戦争では相手を皆殺しにするけど、日本の大和王朝になるまでの戦争では、融合して大きくなっていくような感じだったそうです。戦争に勝った方は、相手の信仰している神様も「尊重するよ」と言って、神社を立てて祀ってあげるわけです。それによって、八百万の神というのが誕生しました。

八百万の神は、アミニズム(精霊信仰)と似たものだと解釈される向きもありますが、日本の神はあくまでも神であり精霊ではない、と僕は考えます。なぜ精霊でなくて神なのか?といえば、その神は以前は一神教のように村の中で信じられていただろうから、です。それが、数々の戦争を経ていく中でどんどん平定されて増えていったカタチです。だから、この八百万の神の1柱、1柱がそれぞれの村では「ぼくたちのかんがえたさいきょうのかみさま」だったと。さいきょうのかみさま、が八百万だけ同時に存在している、ということです。日本はマジでそれぐらいヤバイわけです。ヤハウェとか、アッラーみたいなのが八百万いるわけです。どんなコラボだよ!って感じなゴージャス感の国なんですよ、日本っていうのは。

精霊は、そういった戦争を経ていません。海外では、戦争を経た場合、相手の信じる神も、その村人たちも全て消去・・・なかったことになります。その結果として、一神教なだけなんです。つまり、彼らは相手の信仰を尊重しなかった。

大日本帝国の時代にも、日本は、満州において清の王族の末裔である溥儀を尊重し王に立てていました。もちろんいろいろな算段(満州をコントロールしやすいだろう、など)があったのかもしれません。しかし、形式としては相手を尊重しているわけです。だから当時の日本に感謝していて親日な、東南アジアの国々がけっこう存在しているんですね。

つまり、日本は戦争後も相手の信じるものを尊重してきた。それが『和をもってたっとしとなす』っていうことなんじゃないかと思います。

障害の分野でも、ゼッタイに和をもって尊しとなすべし

さて、話は変わりますが、障害のある子どもたちのために特別支援学級というのがあります。勉強などについていけない子どもたちを別のクラスに分ける形ですね。これに対して、社会でけっきょくは今後、生きていくのだから、ちゃんとみんなの輪の中で勉強したり遊んだりしないと、世の中から隔離されてしまうよ、戻れなくなるよ。みたいな考え方があります。

要は、「みんなわちゃっと、一緒くたにして学校で共存していったほうがいいよ」

っていうような考え方です。

これに対して、僕はものすごく反対です。

えっ、みんな一緒に学んだり遊ぶなりしたほうが、「和をもってたっとしとなす」っぽいのに何で反対なん??

って思われるかなと思うんですが、これでは尊和精神というものは一切育まれないのです。

相手との諍いや揉め事、お互いに理解できない文化や背景、性格、考え方。そういったものがまず露呈しない限り、そのさきにあるはずの『和』は絶対に生まれることはないわけです。

そのために必要なのは、まずはユニオン(同盟)が生まれていることです。それぞれが所属するべき場所にきちんと収まって、大きなユニオンになっていることが、和が生まれる前提にあるということです。

いったん、今の状態・・・行きたくない学校の居たくないクラスに居たり、朝頭痛や吐き気がするような会社に通うことを続けていたり、大嫌いな家族と一緒にすみ続けたり、そういうものから解放される必要があるんです。

そして、好きな人たち、一緒にいたい人たちで固まる・・・これがリユニオン(再同盟)です。

そして、小さなブロックのように固まったそれぞれのユニオンが、ユニオン同士でまたくっついていく。そして最後に最も大きなものになる。世界が最後に一番大きなユニオンになる。これが『和』であると僕が考えるものです。

ノーマライゼーション、インクルーシブ教育といった理念が、障害の分野ではよく叫ばれていますが、これは確かに崇高な理念だと僕も思います。

そのために合理的配慮などが成される必要があるわけですが、しかしよく考えてみて欲しいんですね。僕は言いたいんですよ。

『誰に対して合理的配慮をすれば良いのか、今の段階であなたたちは分かるんですか??』と。

発達障害に携わってくれば、分かると思いますが、今の発達障害はどう控えめに見たって「机上の空論」です。そんな人たちがいる、とされているだけです。

当人たちが全く声を上げられないのに、どうやってその人たちに合理的配慮ができるというんでしょうか。存在すらしていない人たちに?

個々には発達障害の人たちは存在している風に見えるかもしれません。しかし発達障害のユニオンっていうのはいまはほぼありません。健常者たちは、これらの発達障害の人たち、一人ひとりへの合理的配慮を考え、実践しなければいけないわけです。

そしたら、どうなるのか?差別が当たり前に生まれます。そんな一人ひとりに配慮していかなければならないなんて、かけなければいけないコストがものすごい量になるのは一目瞭然ですよね。

だからこそ、まずはユニオンを作らなければいけない。健常者社会が、対話できるような大きなユニオンを作り、話ができるようにしないといけないんです。

そうなってもいない段階で、ノーマライゼーションだのインクルーシブだのしたらどうなるのか、わかりますか。当事者はただただ、肩身の狭い思いをし続けるんです。

「自分なんかのために、良い人たちが配慮してくれている、申し訳ない・・・」

そんなの、ただただ辛いだけです。死にたくなるだけです。

アミニズム的な、カオスな状態ではなく、「八百万の神」な状態を目指さなければいけないんです。そのためには、まずはリユニオンが絶対に必要なんです

一緒にいる人を選んでください。

リユニオンのために一番大事なことは、あなたが自分のいたい場所、所属したい組織、団体にいることです。いたくもない場所、組織から早急に飛び出すことです。背伸びするのをやめることです。辛いことを我慢せずに外に発信することです。そして、繋がることです。今すぐに。

それが、より大きなユニオンを作り、ユニオン同士の衝突が引き起こされるきっかけになるはずです。衝突の時に、相手を滅ぼさず和するための遺伝子が私たち日本人には入っているはずです。

思い出さなければいけません。欧米の感覚が刷り込まれ、憧れさせられ、合理主義になり、効率ばかり見させられ、私たちは日本人に本来あるはずの「和」の精神を忘れかけています。

でもあなたも許せるはずです。水に流せるはずです。思い出せば良いだけです。

そして、このコロナによる甚大な被害の後、各国は広げすぎたグローバリズムを訂正するはずです。そして、それぞれの国で内需を回そうとする・・・ナショナリズムの時代が来るかもしれません。そうなれば、戦争が起こる可能性がとても高まってきます。

その時代に日本の「尊和精神」が必ず世界に必要になります。

海外で評価されている日本のゲームはどういうゲームでしょうか。ポケモンは主人公が戦いません。150匹以上も出てくる敵を捕まえて仲間に引き入れて戦って行きます。スマッシュブラザーズでは、それぞれのシリーズでの主役やラスボス級のキャラクターが一同に会しています。コラボレーションです。

日本人にもともと備わった、和の精神が海外からも賞賛されています。3.11の時、今回のコロナの時、それぞれが自分のためよりも相手のために動き、被害が最小に抑えられています。それができる国が他にあるのか、という話です。

好きな人と、つるみましょう。そして、この世に存在しましょう。そして、存在する勢力として発言しましょう。それが世界の和をもたらします。

それをはじめに行う人たちこそ、私たちのようなマイノリティであることを僕は疑いません。それほどに苦しんできたからです。他の人たちは痛みが足りません。痛みがないから、変わろうとできません。喉から手が出るほど変化を求める僕たちから、世界の和を実現させていきませんか。

以上です。